(15)小さな骨つぼと過ごす日々

2020/02/17 08:45

佐々木由香さんの自宅に飾られている虎徹君の遺影=宮城県登米市

 私たちは、宮城県気仙沼市本吉町で東日本大震災に遭った佐々木由香さん(38)に話を聞いている。2歳だった長男の虎徹君を抱いたまま津波に流され、気が付くと息子が腕の中にいなかった。 関連ニュース ロンドンで東日本大震災追悼式典 福島県人会、中心部の日本庭園で 大川小学校津波、大量流木確認 河口の松林流失、被害拡大 【若い世代の語り部たち】あの日の記憶、語り継ぐ 震災の教訓、次世代へ

 「その日は市役所の支所の宿直室で一晩を過ごしました。ずっと、誰かが助けてくれているんじゃないかと思って、一睡もできませんでした」。佐々木さんが下を向き、不安だった夜を振り返る。
 翌朝、津波の被害を免れた気仙沼市内の実家に戻った。佐々木さんは父親と弟の姿を見て、その場に泣き崩れた。
     ◇     ◇
 実家で生活し、日中は虎徹君を捜した。自宅の周辺や川の近くを歩き回る。重機を動かせる知人に頼み、倒壊した家やがれきを取り除いてもらう。「どんな形でもいいから戻ってきてほしい。その思いで捜し回りました」
 4月下旬、虎徹君とみられる遺体が見つかったと連絡を受ける。すぐに安置所へ駆け付ける。
 対面した遺体はズボンやおむつが脱げている。髪の毛は全て抜け、肌の色も変わっている。「発見されたのは、自宅から1・5キロほど海の方向に離れた場所だったそうです」。佐々木さんが言葉を続ける。「でもね、服を見て『間違いない』と思いました」
 身に着けていたピンク色のトレーナーは、胸元に「I♡MAMA」とあしらわれていた。あの日の朝、佐々木さんが着せた服と同じだった。
     ◇     ◇
 虎徹君の遺体は岩手県の火葬場で焼かれ、骨は小さな骨つぼに入れられる。佐々木さんは骨つぼを置いた仏壇の前に布団を敷き、横になって毎日過ごす。食事も十分に取れなかった。
 「そのうち、『息子の骨を食べる』って言ったんです。自分のおなかに虎徹が戻ってくる気がしてね」
 そんな娘の様子に、親もどう声を掛けていいのか分からないようだった。「親も近所の人も、みんな腫れものに触るようで冷たい感じがしました。それはそれでつらかったですよ」。佐々木さんが神妙な表情で私たちに語る。
 虎徹君の骨はお墓に埋葬された。秋ごろ、佐々木さんは実家を出て、高台にできた仮設住宅へ移った。

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