(18)爪のかけら、大切な宝物

2020/02/20 09:23

虎徹君の爪のかけらが入った袋

 昨年10月、台風19号が東日本に上陸する。宮城県南部の丸森町では河川の氾濫や土砂災害で10人が命を落とした。 関連ニュース 「一緒に先生になろうね」亡き親友と14年前に誓った夢は目標になった 自分は被災者なのか-葛藤も胸に経験語る21歳教育大生 言葉の壁、外国人は災害弱者「誰もが困らない仕組み構築を」 通訳申し出たがたらい回し経験したボランティア 地方女子の問題を可視化、原発避難者の人権訴える 兵庫ゆかりの2人に「女性リーダー」賞

 同じ宮城県の北部にある登米市で暮らす佐々木由香さん(38)は落ち込んだ。東日本大震災の津波で2歳の長男虎徹君を亡くしている。「津波と同じ水害で家が全壊、家族が亡くなったっていうニュースを見ているとね」
 気付けば部屋でリストカットをしていた。
     ◇     ◇
 3年ほど前の春には、こんなことがあった。
 パートナーの男性に誘われ、秋田県と岩手県にまたがる秋田駒ケ岳に登った。頂上の近くまでたどり着き、来た道を振り返ると雲間から光が差している。高山植物が咲き、自然の香りが満ちている。
 「虎徹もこういう場所にいるんだろうなあって、不思議な気持ちになりました」
 その10日ほど後、虎徹君が夢に出てきて、佐々木さんに「ぱいぱい(おっぱい)ほしい」と言ったそうだ。目を覚ますと母乳が出ていた。「あれはつらかったです」
 そんな日々を振り返りながら、佐々木さんは言う。「三歩進んで二歩下がる。そんな感じで少しずつ、少しずつ前進してきました。今は85パーセントぐらい、息子の死を受け入れられているかな」
 そう話す表情は、少し晴れやかに見える。「落ち込んだ心の治療や薬はありますよ。でも、泣いて笑って、一緒にいてくれる人の存在が大切だと思います」
     ◇     ◇
 取材の最後に、佐々木さんが色あせたポーチの中から茶色い袋を取り出した。そこに、ビニール袋に入った虎徹君の爪のかけらが収められている。足の爪なのか手の爪なのか、よく分からない。色は少し黄ばんでいる。
 「息子の体の一部はこれだけです」と、佐々木さんがつぶやく。警察が身元を確認する際のDNA鑑定に使うつもりだったそうだ。
 佐々木さんはその爪をじっと見つめる。「これは虎徹が生きていた証しです。私にはこの爪と写真しかないですからね。私が死ぬ時まで、大切にしたい宝物です」
 これからも虎徹君とともに生きていこうと思う。

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