(9)署名入りの「尊厳死宣言書」

2020/03/31 11:09

金森克子さんの署名が入った尊厳死宣言書(宮本亜紀子さん提供)

 末期の胆管がんで芦屋市立芦屋病院に入院する金森英彦さん(84)=西宮市=の隣で、妻の克子さん(83)が白血病の治療を受けている。 関連ニュース いのちの終い方を考える ALS女性患者の嘱託殺人事件 「患者の思い尊重することから」オランダ在住のライター兼通訳・シャボットあかねさん 【詳報】ALS患者嘱託殺人への受け止め シャボットあかねさんに聞く

 長女の宮本亜紀子さんが克子さんに尋ねたことがある。
 「お父さんと並んでるの、どう?」
 「ええよ。やっぱり、ええよ」と克子さん。
 「どうして?」とさらに聞くと、「見えるから」。
 見える、そばにいる。2月上旬、亜紀子さんは私たちにこう話している。「もうすぐ父が逝くのは分かっているけれど、夫婦一緒だから、その日が来るまで穏やかに、という感じです」
     ◇     ◇
 同じ頃、亜紀子さんが私たちに一つの悩みを口にした。克子さんの治療のことだ。
 白血病が分かった日、克子さんは抗がん剤治療を「しなくていい」と言ったそうだ。しかし、英彦さんより先に亡くなる可能性があり、家族で相談して「できることがあるなら」と治療を決めた。
 それから約1カ月。亜紀子さんは「母はずっとしんどそうで、前向きな言葉を聞いていません。これでいいのかと思い始めました」と言う。点滴の抗がん剤に目立った効果が見られず、飲み薬の抗がん剤をするかどうかの判断が迫っていた。
 悩んだ亜紀子さんは、英彦さんに「治療を続ける意味、あるのかな?」と聞いた。
 「すると父は『あれを』と言って『尊厳死宣言書』の話をしたんです」
 亜紀子さんがA4サイズの紙を見せてくれる。「人間としての尊厳を失うことなく、安らかな死を迎えることが出来ますように、延命措置は一切行わないでください」。2008年に作成したもので、痛みを和らげる緩和ケアの希望を記し、夫婦と亜紀子さんらきょうだい3人の署名がある。
 「だから、母は今の状況を望んでないと思うんです」と亜紀子さんは言った。
     ◇     ◇
 2月中旬、再び病室を訪ねた私たちに、亜紀子さんは抗がん剤治療をやめることにした、と話した。医師との面談を振り返りながら、涙目になる。「母の命を短くしているんじゃないか、とも考えて…。でも、母にとっては良かったと思っています」
 英彦さんはこの頃、目を開ける時間が次第に少なくなっていた。

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