(3)自分自身を取り戻す空間
2020/06/01 10:53
両親やマギーズへの思いを語るリリー・ジェンクスさん=イギリス・ロンドン
「生ききる」とはどういうことなのだろう。
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私はマギーズのウエストロンドンセンターに来ている。鮮やかなオレンジの外壁が目を引く建物だ。
部屋の中で待っていると、黒いコートを着た背の高い女性が入ってきた。リリー・ジェンクスさん(40)だ。
マギーズセンターは1996年、英国エディンバラに第1号が開設された。がん患者や家族の相談に看護師や保健師が無料で応じる。現在は英国を中心に、東京や香港など20カ所以上を数える。
センターは一人の女性の願いから誕生した。がんで亡くなった造園家マギー・ジェンクスさん。リリーさんの母である。
◇ ◇
マギーさんが最初に乳がんと診断されたのは1988年ごろ。2回目は4年後で、リリーさんは12歳だった。
「2回目の診断を受けた時、母は病院がとても無機質な場所だと感じたんです」。リリーさんが話し始める。
「たくさんの人が行き交い、工事の音が聞こえて…。ゆっくり過ごせる場所がなく、自分の状況を考えることができない。母は不安が増していったそうです」
マギーさんは「自分自身を取り戻す空間がほしい」と願い、動きだすが、実現を待たずに逝く。遺志を継いだのは、建築評論家の夫チャールズ・ジェンクスさんたちだった。そのチャールズさんも昨年亡くなった。
「母にとってマギーズセンターをつくることは、亡くなる直前まで生きる力になっていたと思います」
リリーさんの目が赤い。マギーさんはきっと最期まで自分を失わず、自分らしく人生をしまえたのだろう。そして、多くの人を支える施設を残した。
◇ ◇
ロンドンをたち、帰国の途につく。飛行機の中で、これまでに取材を通して出会った人たちのことを考える。
たくさんの人に話を聞かせてもらった。大切な人を亡くした家族もいるし、取材後に逝ってしまった人もいる。どれだけの人が自分らしい最期を迎えることができたのだろう。そんなことを考えていると、一人の女性の顔が頭に浮かんだ。
淡路島のホームホスピスで出会った原とし子さん(84)。陽気な人で、会話が弾んで楽しかった。元気で過ごしているだろうか。(紺野大樹)