(11)残された時間 いとおしむ

2020/06/11 08:50

リガレッセの庭で穏やかな時間を過ごす利用者たち=豊岡市日高町

 私は豊岡市日高町の介護施設「リガレッセ」で運営法人の代表理事、大槻恭子さん(43)に話を聞いている。 関連ニュース 【大阪・関西万博 EXPO2025】半世紀超え、万博に原子力 電源活用、消費地へ願う 元運転員「思いはせて」 雪の恩恵、100年後も 神鍋の脱炭素化へ観光協会が基金 ハチドリ電力、電気料収入の1%繰り入れ 豊岡市長選、関貫市長が立候補表明 「満足感じるまちに」

 「生きるうちに、もつれてしまった糸をほどく。そしたら安心して、すごく楽になると思う」
 そんなものだろうか。不安や不満を取り除くと、すーっと逝けるのだろうか。そう思っていると、大槻さんが言葉を続けた。
 「死を点で捉えるのはもったいない。懸命に生きてきた人生を終えるって、面で考えるのが大切なんよ」
     ◇     ◇
 手元にある取材ノートを繰ってみる。今はもういない人たちの言葉が残る。
 「私にとって生き抜くって、抗がん剤を頑張ることじゃない」。2月に大腸がんで亡くなった森脇真美さん=当時(57)=はそう思って、抗がん剤治療をやめた。
 それから親戚や友人に会って感謝を伝え、家族と過ごす時間を大切にする。亡くなる2週間前には娘や孫が自宅に集まり、一緒に食事をした。「楽しかったあ」と話す森脇さん。ノートに「すごく笑顔で」と記されている。
 昨年6月に亡くなった神戸市東灘区の清水千恵子さん=当時(70)=はこう言っていた。「死ぬ準備をせなあかん」。業者と葬儀の段取りを決める予定までしていた。
 そこまで覚悟する一方で、薬で痛みを調整しながら外出を楽しんだ。
 2人は痛々しさもひっくるめて死を受け入れていた。そして、人生を最期まで充実させ、命を閉じた。私にはそう見える-。
     ◇     ◇
 リガレッセで、大槻さんが私に語り掛ける。「苦しいだけで人生を終えなくてもいいんじゃないかな。もちろん別れは悲しいけれど、『あの人、いい人生やったよね』って言ってもらう方がいいやん」
 私はうなずく。
 最期が近づけば、後悔や心配事が頭に浮かんでも体は思うように動かせない。
 できればそうなる前に、生きてきた道のりを振り返る。家族や友人と対話を重ね、残された時間や思い出をいとおしむ。それが「もつれた糸をほどく」ということなのかもしれない。
 不安や悲しみがゆっくりと溶け、心が充足感に浸されていく。「まあいい人生だったかな」。そう思うと、死は痛々しさやとげとげしさだけではないような気がした。
 大槻さんと話し終え、外に出る。爽やかな風が肌をなでた。(田中宏樹)

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