「死んだんやな、と思った」 尼崎連続変死一問一答
2015/01/27 10:23
尼崎連続変死事件で、角田美代子元被告=自殺時(64)=の次男、角田優太郎被告(28)の裁判員裁判第19回公判が16日、神戸地裁であった。2008年にマンションのベランダ物置で亡くなった仲島茉莉子さん=死亡時(26)=を監禁、殺害したとされる事件などの審理で、優太郎被告の妻で、茉莉子さんの妹の角田瑠衣被告(29)が検察側証人として出廷した。
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瑠衣被告と検察官との主なやり取りは次の通り。
-茉莉子さんが亡くなった(08年)12月上旬、美代子元被告が茉莉子さんに暴力を振るう場面がありましたね。いつの出来事か。
「姉が亡くなる前日だったと思います」
-誰がどんな暴力を振るったのか。
「美代子と(李)正則(被告)が、物置であおむけの姉の顔をサンダルで上から踏みつけていました。怒鳴りながら10回くらい」
-茉莉子さんは抵抗したか。
「蹴られる力がすごい強くて、蹴られるままという感じでした」
-暴行の後、部屋に戻った美代子元被告は何か言ったか。
「正則に『いつもああいう言い方すんねん』と文句を言っていました。私は『またいつもみたいに、姉の言葉尻をとらえてささいな理由で怒り出したのかな』と思いました」
-暴行後の茉莉子さんの様子は。
「ものすごい血が出て、姉は自分でもびっくりしていました。美代子から『大層にするな』とか『タオルで血を受けろ』と言われ、『はい!』と答え、また正座していました」
-いつ茉莉子さんが亡くなったのを知った。
「次の日の朝、起きてすぐだったと思います」
-知った時の状況は。
「起きていったら(物置に設置された監視カメラの)モニターを見ながら、美代子が『あかんな。動かんな』と言ったので、私は『ああ、死んだんやな』と思いました」
-虐待が、茉莉子さんの命に及ぼす危険性についてどう思っていた。
「危ないと思ったことは何度もありました。姉が暴力を受けている時、『弾みで死んでしまうんじゃないか』とハラハラすることもあった。でもその後、姉が座り直して、美代子と話しているのを見て、私は『美代子はちゃんと(暴行の)さじ加減ができてるんやな。厳しく怒ってるだけや』というとらえ方をしていました。(死ぬんじゃないかと)疑った時点で、姉に情をかけることになるし、美代子と同じ気持ちになっておきたいと思いがあった。私は美代子がやってることが正しい結果につながるように協力していたし、いつも美代子を弁護していた。『人間ってこんな状況になっても大丈夫なんやな』と思ううち、自分の中で『大丈夫』というラインがどんどん変わっていった」
-そこまで美代子元被告を信じようとしたのはなぜ。
「美代子のことを好きで、慕って付いていってるという気持ちがあったからだと思います。美代子は人を嫌ったり怒ったりするけど、逆に人を励ましたり、ほめたり、認めたり、味方になってくれたりというのも、とことんする人。私自身『お母さん』と呼んでましたし、家族として仲良くしていた。怒らせさえしなければ、いいお母さんと思っていた」
-今振り返ってみて、茉莉子さんの衰弱状況についてどう思う。
「美代子は姉の舌や爪を見て『健康な色してるから大丈夫や』と言っていましたが、全然根拠もなく言い切っていただけだと思う。姉に対してしたこと全部が、亡くなる原因につながったと思います」