【28】古代刀 その二 「飲んだら、触るな」を実感
2021/03/15 13:36
奇妙な体験がなければ、筆者が収集を続けていたかもしれない脇差。柄巻(つかまき)や鍔(つば)、などの拵が個性的だ=神戸市兵庫区、上田刀剣店
初めて日本刀を買ったときの苦い思い出話を続ける。
鳥取の古美術店で、私は1本の脇差(わきざし)(小刀)に一目ぼれした。刀剣初心者の私に対し、店主の講釈が続く。「鞘(さや)の表面には研磨して蜜蝋(みつろう)のような光沢を出す装飾が…」。私は上の空で聞いていた。早く脇差を自分のものにして持ち帰りたい一心だった。
ようやく商談に入ると、値段は「200万円」。納得して定期預金を解約し、翌週買った。それまで四十数年の人生で15万円以上の品を買ったことのない人間が、200万円の買い物を即断したのだ。
「あのときは常軌を逸していた」と思ったのは、それから数年の後。骨董(こっとう)病患者にはこのような“発作”が不定期で起こる。
さて、私は脇差を手に入れたその夜から、寝る前に刀を抜き、刃紋や拵(こしらえ)(外装)を眺めるのが日課となった。
そして3日目の夜、刀が宿すとんでもない恐ろしさを味わうことになる。
外出先で深酒し帰宅した私は、いつものように刀を取り出し、波紋を見つめた。すると突然、私の両手が、自分の右首筋にその刃を寄せた。私の意志ではない。逆らえない力が両手を動かしたのだ。そこへ、天上から声が降りてきた。「切れ」「切れ」
背筋に異様な寒気が走り、私はすんでの所でわれに返った。しばらく震えが止まらなかった。
翌朝、店主に事の次第を話した。すると、店主は「古物市場で仕入れたので、刀のいわれは知らない」と言いながらも、快く返品に応じてくれた。後日、店主から「売り主を調べ、いろいろ話を聞いたが、怪しい伝承は聞けなかった」と連絡があった。
たまたま、私が悪い酒を飲んでいたので、首に刀を向けたのかもしれない。いずれにしても、この事件がトラウマになり、以来、刀剣だけは買わなかった。
しかし、である。2年前の春、私は京都の骨董祭で二十数年ぶりに、あの“発作”に見舞われたのだ。
会場の一角。木箱の中に茶色の細長い鉄の塊が見えた。目を凝らすと、古代の両刃の鉄剣だと認識できた。千数百年の時をかけ、地中の土や小石が絡み合って朽ちていた。
それまで全国の骨董店や骨董の市、催事を巡ってきたが、本格的な鉄剣を見たのは初めてだった。これなら自分の首を切ることもないだろうと思った。価格は「ウン万円」。迷わず、購入した。
自宅に持ち帰り、箱を調べると、ふたの裏に「古代鉄剣」とあった。どうやら、現在の茨城県石岡市の舟塚山古墳群で出土し、地元の寺に伝わった旧蔵品らしい。そんなものを所蔵していいのだろうか、と気になった。
(骨董愛好家、神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)