【31】民衆仏 その二 「かんちゃん」と命名した
2021/04/05 14:33
筆者が買い集めた「民衆仏」の数々。左奥は盗難よけの神として知られる韋駄天(いだてん)立像で、九州の山中の廃寺にあったという
前回に続いて、神戸・須磨寺の骨董(こっとう)市で買い求めた観音菩薩(ぼさつ)立像の話をお届けする。
その愛嬌(あいきょう)のあるお坊ちゃま顔の観音さまは、想像以上に重かった。古い毛布に巻き、ロープで持ち手を作ってもらったが、須磨寺の階段を下ろして最寄り駅まで運ぶのが、ひと苦労だった。
帰宅後、あらためて測定すると重さ6キロもあった。総高は75センチ(このうち台座が10センチ)で、匂いを嗅ぐと煤(すす)の匂いがした。囲炉裏(いろり)のある部屋に安置されて、家内安全を見守ってきたに違いない。一家だんらんのシンボルだったのだろう。そう思うと、とても幸せな気分になった。私は(お坊っちゃま観音の)「かんちゃん」と命名した。
平凡社の別冊太陽シリーズ「日本骨董大図鑑」(1998年)、「やすらぎの仏教美術」(99年)を読み、「かんちゃん」と同じような雰囲気の観音さまが「民衆仏」と呼ばれていることを知る。「正統な仏教彫刻が衰微し魅力を失った江戸時代民衆の、無垢(むく)な信心の赴くままに造り出された生気あふれる異形な仏たち」。本質を捉えた見事な表現に感じ入った。
「やすらぎの-」に添付されている写真が面白い。素人、いや子どもが作った出来損ないのような不動明王像や文殊菩薩が並んでいる。プロの仏師でない在野の人々が、見よう見まねでこしらえた仏像。前回紹介した円空仏はその最高傑作と言えるだろう。
こうして「かんちゃん」に巡り合った私だったが、当時の関心は8割方が酒器や茶陶器で、仏像に大金を払う気分ではなかった。これが後々、大きな後悔となる。
近年、骨董ファンの減少などで市場の価格は総じて低落傾向だ。二十数年前に夢中で買った陶磁器の食器、酒器の中には、当時の半額以下で販売されている品もある。そんな中で、例外的に値段が高くなったのが古仏像だ。
21世紀に入って、空前の仏像ブームが起きた。ピークとして語り継がれているのが、2009年の「国宝 阿修羅(あしゅら)展」である。東京と福岡で開催され、それぞれ約95万人、約71万人が訪れ、連日“満員御礼”となった。
特に若い女性の間で人気が高まり、「仏像女子(仏女)」なる言葉も生まれた。
ブームの前段として、作家のみうらじゅん、いとうせいこう両氏の共著「見仏記(けんぶつき)」の出版(1993年)とテレビ放映(2001年~)の影響があるのではないか。
みうら氏は、映画「エマニエル夫人」(1974年)で主人公が椅子に座るポーズは、広隆寺の弥勒(みろく)菩薩像にヒントを得たと指摘、既成の鑑賞法にとらわれない独自の感性で仏像への愛を披露した。
この話、次回も続ける。
(骨董愛好家、神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)