【49】中国の鏡 その二 偽物、しかもここ20年ほどの

2021/08/23 13:11

「細川ミラー」の“失敗”に懲りず集めた古代中国?の鏡

 4割引きで3枚の鏡を買って以降、わが身に病気とけがが相次いだ。鏡に誰かの呪いが込められているのではないか-などと、想像を巡らせる。ついには、生まれて初めて厄払いなるものを受けた。鏡は押し入れの底にしまい込み、布団で抑え込んだ。 関連ニュース 中国、映画「731」は9月公開 柳条湖事件の発生日 中国・広東、蚊で熱帯病流行 チクングニア熱 日本人学校が保護者に注意喚起 中国蘇州、殴られたのは母親

 2016年1月のこと。古代中国鏡「千石コレクション」の初の展覧会が、兵庫県立考古博物館(播磨町)で開かれた。コレクションは、加西市の会社社長が収集した315点(当時)で14年、兵庫県に寄贈・寄託された。重文級も交じる世界有数のコレクションとされる。
 怖いもの見たさで出掛けることにする。私の3枚の鏡の真偽が確認できるかもしれないとの期待もあった。その日は、京都大人文科学研究所の岡村秀典教授の講演が開かれていた。コレクションの鑑定作業に当たった中国考古学の第一人者である。
 講演を聴いて感銘を受けた私は、岡村教授に自分の鏡の鑑定を兼ねて取材の依頼をしようと決めた。帰宅すると、取材の趣旨と鏡の写真をメール送信した。
 数日後、教授から返信があった。私が京都・東寺の「ガラクタ市」で買った鏡は、前回紹介した細川家のコレクションで通称「細川ミラー」と呼ばれる「金銀錯狩猟文鏡(きんぎんさくしゅりょうもんきょう)」の模倣品だという。
 京都・北野天満宮の「天神市」で購入した長方形の鏡も、山東省の前漢墓から出土した鏡をまねたようだ、と記されていた。私が手に入れた3枚の鏡はいずれも同じ技巧が用いられており、同じ工房で作られたようだという。
 やはり、偽物だったか。冷静に考えれば、2千年以上前の鏡の背が黒ずみや変形もなく、全体に鮮やかな色彩を保っているわけがない。
 後日、岡村教授から追伸のメールが届いた。「山東省の前漢墓は1980年代の発掘ですから、ここ20年ぐらいの作品だと推測します」
 「20年!」。つい最近ではないか。私は口を開けたまま、メールの文面を見続けた。力が抜け、私にかかっていた“鏡の呪い”は完全に解けたような気がした。
 岡村教授は17年に「鏡が語る古代史」(岩波新書)を出版し、中国での銅鏡の歴史や鏡に刻まれた文様、銘文の意味を分かりやすく解説した。そこには、鏡が魔よけに使われたという記述はあっても、呪いといった、おどろおどろしい話は一切なかった。
 その後、私は京都に出掛け、東寺と北野天満宮で鏡を売った2人の男を捜したが、誰も知らなかった。管理の厳しい骨董(こっとう)市にどう潜り込んだのか、今も謎である。4割引きで買った3枚の鏡は、古代中国史に関心を持たせた高い授業料と思うしかあるまい。
(骨董愛好家 神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)
※電子版の神戸新聞NEXT(ネクスト)の連載「骨董遊遊」(2015~16年)に加筆しました。

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