【51】徳利の話 その二 油抜きの「最終手段」とは
2021/09/06 14:19
洗浄しても油が浮いたり、においが消えなかったりして「花入れ」になった徳利の数々
東京の骨董(こっとう)街で、1200万円もする古備前徳利(とっくり)の存在を知った衝撃は大きかった。神戸に帰り、知り合いの骨董店主にその話をすると、「名品の古備前徳利は恐らく数十本しかない。一方、購入希望者は万単位」と返ってきた。
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店主は言う。「私もお客さんに『お茶会の亭主(主催者)になるので、名品の徳利を探してほしい』と頼まれることがあります」
「お茶会?」
「正式な茶会には食事や酒が出ます。お預け徳利と言いますが、徳利も杯も食器も、すべて茶道具なんです」
徳利が茶道具の一つとは初耳だった。学生時代に一時、茶道部に籍を置き茶会に出たことがあるが、学生券で参加したためか、食事をした記憶はない。「茶会は亭主が茶道具を自慢する会合のようなもの。招かれた人は『すばらしい御道具ですね』と褒めるのがルール。だから、1千万円でも買う人がいるのです」
事情は分かったが、あまりに高価すぎる。店主が私の気持ちを察して、いくつか地方の焼き物の産地を挙げ、「雰囲気のあるものが数万円で買えますよ」と教えてくれた。
後日、店主に「遠州七窯の一つで、幕末ごろのもの」と勧められ、買う気になったのは静岡県の志戸呂焼(しとろやき)の徳利だった。茶褐色で高さ15センチほど、値段は3万円だった。
持ち帰って、使う前にお湯を注いでみた。すると、茶色の油のような液体が浮き出した。かつての所有者は油類を入れる容器として使用していたらしい。これでは酒を入れることはできない。その後、何種類もの洗剤や漂白剤を買って漬け込んだり、煮沸したりしてみたものの、効果なし。1カ月以上、試行錯誤した末に断念した。
骨董仲間に相談すると、さもありなんといった表情で「油徳利の再生は古徳利好きの永遠の課題や」と言った。ガラスなどの容器が普及する以前、2合程度までの小徳利は酒ばかりでなく、しょうゆ、酢、油などを入れる器として使われた。それゆえ、今も酒器として使えるもの、特に陶器は数少ないと知る。
「最終手段」と言って、骨董仲間が耳打ちした方法がある。「コンロに餅焼きの網を敷き、水を入れた徳利を載せて火であぶる」
そもそも焼き物なのだから、じか火にかけても破裂することはないだろう。恐る恐るコンロを点火すると、徳利の表面がしみ出た黒い油に覆われた。そして「グサッ」という音とともにひびが入り、熱湯が漏れ出た。「あー」
その後、「オーブンを使った完全な油抜きマニュアルを確立した人がいる」とのうわさを耳にした。伝授していただけるのなら、しかるべき謝礼をお支払いする。
(骨董愛好家 神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)
※電子版の神戸新聞NEXT(ネクスト)の連載「骨董遊遊」(2015~16年)に加筆しました。