【54】鳥取の骨董店 その一 コピー作品、と思いきや
2021/10/04 14:27
古伊万里に詳しい骨董店主から「本物」とお墨付きを得た「染付ⅤOC文皿」
20年ほど前、但馬地方の支局勤務だった私は、休日になると県境を越えて鳥取の骨董(こっとう)店を目指した。支局記者は遠方に出向くことがままならず、当時の唯一の楽しみだった。
店主のAさんは私より3歳ほど年下。いつ訪れてもニコニコ顔で応対してくれた。
ある日、私は目立たぬ場所に置かれていた一枚の皿に目をとめた。中心に「VOC」の文字とツバキと鳳凰(ほうおう)、周辺にボタンなどを配した「芙蓉手(ふようで)」と呼ばれる絵柄だった。濃紺の深みのある彩色に不思議なときめきを感じた。有名な古伊万里の「染付(そめつけ)VOC文皿」ではないか…。
17世紀、長崎の出島に設けられたオランダ東インド会社が、社章のVOCを入れた皿や瓶などを有田で焼かせ、海外に輸出した。私などには手の届かない高根の花。古伊万里ファン垂涎(すいぜん)の一品だ。
「もしかして、古伊万里のVOC?」「フリーマーケットで仕入れた皿なんです。たぶん、オリジナルを写した、どこかの地方窯の作です。うちの店にそんな美術館級のお宝はありませんよ」
私はコピーを承知で2万円で買い、支局の皿立てに掛けて毎日眺めた。それまでの経験では「偽物」は数日で飽きがくるはずなのだが、そのときは不思議と飽きなかった。
後日、「やきもの真贋(しんがん)鑑定」(1996年、学習研究社)という本を繰って驚いた。載っていたⅤOC文皿の写真と自分の皿が、うり二つなのだ。コピーとはいえ、あまりに似ている。胸が高鳴った。
意を決した私は、古伊万里に詳しい神戸の骨董店主に鑑定を頼んだ。そして「直径約35センチ、深みのある彩色、シチュー皿のような膨らみ。大きさ、図柄、色などから本物」との返事を得る。
「値段は安く見積もっても150万円」。仰天だった。
私は、この鑑定結果をAさんに報告しようと思いながら神戸へ異動となり、そのまま但馬を去る。
数年後、取材で鳥取市を訪れた私は店を訪ねた。だが、かつての場所に店はなかった。しかも、Aさんは病気で亡くなっていた。
正直なAさんが「書画の鑑定は得意だが、焼き物は苦手」と語っていたことを思い出した。生きていれば「そうでしたか。焼き物、もっと勉強せんといかんですね」と、笑顔で言うに違いなかった。
骨董店主には得意不得意のジャンルがある。私の所有になったのも「ご縁ですから」と言ってくれるだろう。
だが、気持ちは晴れない。 皿は押し入れにしまい込んだままである。
(骨董愛好家 神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)
※電子版の神戸新聞NEXT(ネクスト)の連載「骨董遊遊」(2015~16年)に加筆しました。