【57】仏教古美術 その一 仏像の手も収集の対象?
2021/10/25 14:15
仏像に供えるため筆者が購入した仏具。香合として使用されたと推定される木製の塔鋺合子(とうまりごうす)=前列右=と水瓶、花入れ
仏像の収集に夢中になっていた頃の話だ。集めた仏像を寝室に安置して朝夕、手を合わせるようになった。いずれも長年、人に拝まれることに慣れっこになっておられるはず。おろそかにして怒らせるようなことがあれば変事、もしくは凶事が降りかかるかもしれない、と考えたからだ。
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水や花があれば喜んでもらえるかもしれないと考え、骨董(こっとう)市で購入した経机や仏花器、ろうそく立てを周囲に並べた。花屋で、生まれて初めて花束というものも買った。そうこうするうちに、自分の行いが仏像に認められ、何かいいことが起こるに違いないと確信するようになる。
そして、仏像収集が縁で、古い仏具や経典などを扱う仏教古美術専門店の存在を知った。ある日、京都の骨董祭会場を巡っていると、仏教古美術を扱う店主と男性客のやりとりが耳に入った。男性は70歳ぐらいだろうか。
「何をお集めですか?」
「けまんとけこ、けいも少し」
「それでしたら、このけまんはいかがでしょうか。蓮(はす)の透かしが入って鍍金(めっき)もなかなかのものです。時代は鎌倉くらいはあるでしょうな…」
やがて店主が、ガラスケースから柄が取れた軍配のようなものを取り出し、熱心に説明し始めた。しばらくして、男性客が腹巻きから分厚い1万円札の束を渡し、笑顔で立ち去った。客が買った“軍配”が何なのか分からないまま、私もガラスケースをのぞいてみる。突然、店主が声を掛けてきた。
「このブッシュなどいかがでしょうか。元は阿弥陀如来像のものだと思われます。藤原時代(平安の中期・後期)はあるでしょうね」
「ブッシュ?」。当時のアメリカ大統領(ジョージ・W・ブッシュ)と同じ響きだった。きょとんとしていると、店主がケースを指さした。見ると、仏像の左手首がある。ブッシュとは「仏手」のことだった。何らかの理由で仏像が破損したのだろうか。
「どうです、いいでしょう。こんな手、なかなか出てきませんよ」「…」。あぜんとしながらその手を見つめる私を、店主は初心者と見抜いたようだ。「ざんけつを理解できなければ、仏教美術は分かりませんよ」と言った。
「ざんけつ? はぁ…。それにしても仏像の手を集めるコレクターは多いのですか」
「仏手ばかり10点以上、集められた方もおられますよ。先日は天平(てんぴょう)時代の乾漆仏の指をお買い上げいただきました」。仏教古美術には、マニアックな深い世界が広がっていた。
(骨董愛好家 神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)
※電子版の神戸新聞NEXT(ネクスト)の連載「骨董遊遊」(2015~16年)に加筆しました。