【60】中国の簡牘 その二 真偽の決着はいかに
2021/11/15 14:23
筆者が持参した木札を鑑定する角谷常子教授(2016年1月)=奈良市山陵町、奈良大学
骨董(こっとう)市で買った木や竹の札の話を続ける。ネット上で見つけた東大の研究者の論文には、日本の書家が骨董市場で竹簡の偽物を「8枚50万~60万円でつかまされ…」という記述があった。それまで買い集めた木札、竹札の山を横目に、私は慌ててこの分野に詳しい身内に電話を入れた。2016年1月のことだ。
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名前を寺崎保広といい、私のいとこに当たる。奈良大学文学部の教授(当時)で専攻は日本古代史。木簡の著書もあるが、本人は「中国の木簡は詳しくないので」と言って、中国古代史を専攻する同僚の角谷常子教授を紹介してくれた。
手元の木札、竹札を長さや文字の類似性などからグループ分けし、計80本ほどを持って奈良大学に行き、角谷教授の研究室で広げた。
教授は全体にじっくり目を落とした後、残念そうにこう言った。「どれにも韋編(いへん)の痕跡がないですね」
韋編とは、簡牘(かんどく)を横に並べて長文の文書にする際、結び糸として使用した皮(縄)ひものことだ。巻きずしを作る「巻(ま)き簾(す)」の横糸を想像していただきたい。短い簡牘でも2カ所は、その縛られたような跡がなくてはならない。
要するに「偽物くさいですね」ということだ。
さらに20本ほどの木札を見て、物差しを当てる。「漢代の一般的な木簡は一尺23センチ。どれも1センチほど長いですね」
「文字全体の中心軸に揺れがあります。文字の間隔も一定ではありませんね」
続いて、竹簡と思われる一群を見てもらう。「竹の表側に文字が記されていますが、通常は裏を使って書きます」
新発見か、と期待した「孫子」の言葉を記した竹札については「墨でなく、黒い漆を使って書いたようですね」。ことごとく、本物とは言い難いという判定だった。
あぁ全滅か。そう思っていると、最後に見せた5、6本の木札に、何か興味を引かれた様子がうかがえた。それまでに見せたものと異なって木の材質が悪く、木目や厚さも不均一だ。
「何の文書か分かりませんが、偽物を作るなら、こんな粗悪な素材は選ばないでしょうね」と教授。
もしかしたら? 「本物の可能性があれば、連絡ください。そうでなければ、偽物の見本として活用してください」。私はそう言って、何本かの木札を研究室に残して去ったが、いまだ連絡はない。
手元には同じような木札が500本以上、残っている。おそらく夢の残骸になるだろう。
(骨董愛好家、神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)
※電子版の神戸新聞NEXT(ネクスト)の連載「骨董遊遊」(2015~16年)に加筆しました。