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保護したときの雨緒ちゃんは手のひらに乗る大きさで、とても弱々しかったです
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保護したときの雨緒ちゃんは手のひらに乗る大きさで、とても弱々しかったです

 2018年5月2日、兵庫県尼崎市在住のTさんご夫婦は1匹の子猫に出会う。その日は夕方から雨。Tさんの夫が部屋にいると、外から尋常でない猫の叫び声が聞こえてきた。

 「何事だろう」

 慌ててベランダの窓を開け、外を見回した。Tさんの自宅はマンションの1階にあり、ベランダの真ん前でカラスにつつかれ子猫が襲われていた。

 「今、俺が助けないと子猫が死んでしまう!」と、とっさに部屋を飛び出した。現場に駆けつけすぐにカラスを追い払ったそうだ。助けた子猫は手の平に乗るくらいの小さな赤ちゃん猫だった。

 特に目立った外傷はなかったが、目ヤニで目が塞がり開いていない状態だった。Tさんの夫はすぐに近隣の動物病院を調べ、保護した子猫を即座に連れて行った。獣医師によると、子猫は母親と逸れた、もしくは育児放棄されたとのではないか、とのことだった。

 幸い、子猫は風邪を引いておらず、怪我も負っていなかった。しかし、目ヤニが酷いため、目薬が処方された。また、ミルクを哺乳瓶に入れて飲ませるよう言われ、Tさんの夫は子猫とともに帰宅した。

 Tさんはこの日22時頃に職場から帰宅した。夫から子猫を保護したことは前もって知らされていたため「どんな子猫かしら」と心躍らせながら子猫と初対面したが、Tさんの淡い期待は見事に裏切られる。インターネットなどでよく見ていたかわいい子猫を想像していたのに…。目の前の子猫は目ヤニの影響で目が開いておらず、耳垢も多く付着していた。体は汚れており、何だか弱々しかった。

 「うわぁ!子猫、かわいい!」という気持ちは微塵もなく、不安と戸惑いしかなかったのを今でも覚えているそうだ。

 「あれ、こんなに汚い子だったの?しかも、めちゃくちゃ弱々しいけど、私がお世話できるのかな…」

 これが正直な感想だった。保護した子猫についてTさんは「経済的な余裕もなく、動物を買うのは現実的に無理じゃないか?」「夫の実家で飼ってもらうのはどうか?」と夫に相談。すると、返ってきた返事は「せっかく助けた命だから自分で飼いたい!お金は俺が出すから!」とうものだった。

 この強い思いに折れ、Tさん夫婦は子猫と一緒に暮らすこととなった。「雨の日に一緒になった」ことから「雨緒(あめお)」と命名した。授乳期の子猫を育てるのはとても大変で、数時間おきにミルクを飲ませなくてはいけないため、必然的に寝不足にもなった。

 しかし、Tさんは「ミルクの時期は大変だった記憶より、ミルクにがっついてくるのが可愛くて楽しかった記憶の方が強いです」と懐かしそうに語った。子猫が成長して離乳食を与えるときは、ふやかして食べさせる必要があり、片付けも時間と手間がかかることもあって「早く自分でカリカリ食べられるようになってね」と思っていたそうだ。

 雨緒は一緒に暮らし始めた数日間、起きている間中「ニャーニャー」と鳴き続けていた。しかし、怖がっている素振りはなく家の中に放したときも、警戒することなく1匹で探検して遊んでいた。人間を避ける様子もなく、手の平で寝てしまうこともあったそうだ。

 また、寝て起きるたびに目ヤニで目が開かなくなるため、こまめに拭き取り、1日数回点眼をした。Tさん自身もお世話をしているうちに、雨緒に情がわいてきたそうで「私もお金を負担する」と決めた。

 成長した雨緒の性格はおっとりしており、石橋を叩いて渡るいわゆるビビリなタイプ。だが、隠れ甘えん坊という実に猫らしい性格になった。

 そんな雨緒には得意技もある。それは「必殺ふすま開き」だ。いつからできるようになったのかは忘れてしまったそうだが、押し入れのふすまというふすまを器用に前足で開けるようになってしまった。その音でTさんご夫婦は夜中に目を覚ましてしまうこともしばしばだ。

 そんなこともあって、ふすまを開けられないようにつっかえ棒などの工夫をして「ふすま開き」を封じたTさんご夫婦だったが、ある日の夜中、何かを取り壊すような大きな音に飛び起きた。音がした方を見に行くと、天袋の引き戸が床に落ちていた。猫がそんなに怪力とは思っておらず、とても驚いたそうだ。

 ふすまを開けられないよう何度も工夫をしたが、どうしても開けられてしまうので、今では逆に押入れに小さなスペースを作り、いつでも入れるようにしているそうだ。

 「猫の好奇心って本当にすさまじいです。そんなのに興味を持つの、なんてしょっちゅうです」

 昨日まで見向きもしなかったことに突然、関心を示すため、危険を察知して対策を講じる必要がある。毎日イタチごっこをしている気分になるそうだ。

 もっとも雨緒を飼い始めてTさんの精神的な部分にも変化が表れ始めた。元々、気分が落ちこみやすく、イライラすることが多かったそうだが、雨緒と一緒に暮らしていくうちに気持ちが和らぐようになった。Tさんにとって、雨緒の存在はどのようなものかを訊ねた。

 「私を無条件で好きでいてくれる存在がいるということがとても心強く、精神安定剤のような役割を果たしてくれています」

 また、猫を囲むと無条件で笑顔になるため、夫婦ともに笑顔でいられる時間が増えたそうだ。

 「もし、雨緒がカラスに襲われていた場所が家の前ではなかったら…。夫が雨緒に気付かなかったら…気付いても助けていなかったら…。今、雨緒はこの世にいなかったかもしれない」

 そう考えることがよくあるそうだ。Tさんは心の底から「あの時、雨緒が助けられて良かった」と感じており、感謝の気持ちを込めて、夫のことを「いのおん様(命の恩人様)」と呼んでいる。

 現在、雨緒は3歳になった。2021年8月、当団体から譲渡した子猫の「ムルフェ」も家族に加わり、一緒に暮らしている。雨緒の好奇心は年齢とともにようやく落ち着いてきたが、ムルフェがちょうど好奇心のピークに差し掛かっており、Tさんは「懐かしさ」と「面倒臭さ」を感じながら日々楽しく過ごしている。

(NPO法人動物愛護 福祉協会60家代表・木村 遼)

2022/1/10
 

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