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ニャン吉店長
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ニャン吉店長

 大阪市中央区の松屋町筋沿いにある「八木昆布店」は、弘化2年(1845年)創業の「大阪で一番古い昆布店」だ。店主で7代目の八木康夫さん(70)、長女の愛子さん(41)親子の飼い猫「ニャン吉」(オス、11歳)は、1階の店舗(2階は自宅)入口のマットの上にちょこんと座り、お客さんや道ゆく人たちに愛されている。人間でいうと60歳くらいだが、波瀾万丈の“ニャン生”(=半生)を送ってきたそう。どんなことがあったのか。愛子さんに話をきいた。

 ニャン吉は2011年9月、知人を通じて譲り受けました。捨てられていたのか、母猫とはぐれたのか詳細はわかりませんが、「誰も飼い主が見つからんかったら、近日中に保健所に連れていくことになる。そうなると殺処分されてしまうかもしれん」とのことで、それはかわいそうやと、うちで引き取ることにしたんです。

 先代の6代目の祖父・治助(じすけ、享年96歳)は猫が大好きだったこともあり、私が幼いころから、うちにはいつも猫がいました。ただ、ニャン吉がやってくる前は、3年間ほど猫を飼っていなかったんです。ニャン吉が家に来ると祖父は大喜び。すごく可愛がり、夜はいつも一緒に寝ていました。ニャン吉も祖父のことが大好きで、まるで親分のように慕っていました。

■べったりだった祖父が亡くなると、ニャン吉はご飯を食べなくなった

 4年前、そんな祖父が老衰で亡くなりました。ニャン吉は6歳でした。そのとき、ニャン吉は祖父のあとを追って死んでしまうんやないかと思われるくらい衰弱したんですよ。亡くなる2ヶ月前まで、祖父は店の2階の自宅で過ごしていました。次第に体が弱って入院することに。すると、いつも家にいるはずの祖父の姿がないストレスからか、ニャン吉はご飯を食べなくなり、だんだん痩せていって、原因不明のコブまで体にできてしまったんです。

 葬儀が終わり、祖父の遺骨と遺影が自宅に戻ってきて、「ニャン吉、おじいちゃん、帰ってきたで」と言うと、ニャン吉はしばらく遺影をじっと見つめていました。しばらくすると祖父の死を理解したのか、ご飯をちゃんと食べるようになり、不思議なことに、体のコブも自然に治って元気になりました。

■祖父の遺影を見て納得、父にべったり甘えるように

 祖父がいなくなった後、親分は父になり、今度は父にべったり。夜はいつも父と一緒に寝るようになりました。ところが昨年(2021年)2月、恐ろしい出来事が起きたんです。 

 店の2階の自宅では、祖母、両親、私、そしてニャン吉が暮らしているのですが、昨年2月、自宅が火事になったんです。出火したのはみんながぐっすり寝ている夜中の2時すぎことでした。原因は冷蔵庫の裏にあった古い延長コード。修理していた部分が老朽化してショートし、火が出たそうです。

 その夜もニャン吉は、父の布団の中で寝ていました。夜中、ふと父が、煙の匂いに気づいて目を開くと、部屋の中は煙だらけで、火元がどこかわからない状態でした。父の取り乱した大声で私が飛び起き、父の元へ。そこで父の部屋が火事だとわかり、とっさに通報しました。「(通報先の人から)『早く逃げてください』って言われてる!」と煙の中にいる父に廊下から伝えたのですが、「火、消してんねん」と言って出てきませんでした。通報して15分ほどの間に、母親は私の大声で目覚め自力で、父は消防隊員に追い出されて、祖母は隊員さんに抱えられながら、無事に外へ避難することができました。

■自宅が火事に…ニャン吉の姿が見えない、いったいどこへ

 父が起きたとき、ニャン吉の姿はすでに見当たらなかったそうです。「ニャン吉は?ニャン吉はどこ?」「わからへん。火を消すのに必死で…」。混乱の中、父とそんな会話を交わしたのを覚えています。燃える自宅を呆然と眺めながら、行方がわからないニャン吉のことが心配で心配で…。

 2階の部屋の窓から大きな火があがりましたが、幸い1階の店は建物がコンクリート造のため延焼せず難を逃れました。消防も警察も引き上げた頃はすでに明るくなっていて、私と父はニャン吉を探し始めました。店の裏に回って物陰を探していたときです。そこに怯えてたたずむニャン吉の姿が!消防隊が消火活動の際に裏の窓を全部開けたため、外へ逃げ出せたんでしょう。けがなどもしていませんでした。「よかった。無事やったんやね」と私はニャン吉をぎゅっと抱きしめました。「自分で自分の身をちゃんと守ったんやね。賢いね」と言いながら。

■別々に暮らす寂しい1ヶ月間を経て、再び同居…幸せな毎日に絆が深まった

 それから1ヶ月間、焼けた自宅の改修のため、私たちは知人が貸してくれたマンションに住み、ペットは飼えないためニャン吉は店の建物内で留守番、という生活が続きました。毎日後片付けに通うんですけど、私たちが帰るとき、ニャン吉はすごく寂しそうな顔をしてね。その顔が今も忘れられません。一つ屋根の下でそれまで当たり前のように一緒に暮らしてきたことが、お互いにすごく幸せなことやったんやなと感じました。

 その後、リフォームも終わり、店を再開すると、お客さんや近所の方々から「心配したわ」「これからも応援してるで」と温かい励ましの言葉をたくさんいただきました。本当にありがたいです。「ニャン吉は大丈夫やったん?」と声をかけてくださる方も大勢いました。

 振り返ってみれば、あわや殺処分かというところでうちに引き取られ、大好きな祖父がいなくなったストレスで具合が悪くなったり、恐ろしい火事を経験したりと、何度も死に直面してきたニャン吉の“ニャン生”(=半生)は、ふつうの猫に比べたら波瀾万丈ですよね。歳をとるにつれ、なぜかどんどん、とぼけた顔になってきてますけどね(笑)

 辛い出来事をともに乗り越えて、私たちとニャン吉の絆はさらに深まりました。4月に猫ドック(猫の健康診断)を受けたら慢性腎不全が判明し、進行が加速しないよう通院を始めました。ニャン吉のことを気にかけてくれる方々に報いるためにも、1日でも長く、残りのニャン生を穏やかに過ごしてほしいです。

【店名】「八木昆布店(八木治助商店)」
【住所】大阪府大阪市中央区東高麗橋2-3

(まいどなニュース特約・西松 宏)

2022/6/23
 

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