地エネで描く 農とエネルギーの地域デザイン
ミズナ、リーフレタス、ターサイ…。畑では一筋の畝にさまざまな植物が一緒に育っている。病害虫を抑える混植(こんしょく)という栽培方法だ。頭上には太陽光発電パネルが市松模様に並ぶ。植物にとって自然環境に近い畑と、最先端の発電設備が共存する。里山の風景に意外となじんでいる。
宝塚市北部の大原野地区。太陽光を利用して出力約50キロワットの発電と、農作物栽培を両立させる「ソーラーシェアリング」が実践されている。
太陽の動きとともに影も移動する。「この影は夏場の作業に助かる。植物も楽なんとちゃうかな…」。会社員の柴田邦雄さん(37)=宝塚市=は、地元の農家古家(こいえ)義高さん(65)から10アールの畑を任されて、新しい農業に挑戦している。
柴田さんは、本職は川西航空機器工業(川西市)で航空部品の非破壊検査を担当する技術者。国際宇宙ステーションの日本実験棟きぼうや、国産初のジェット旅客機MRJ(三菱リージョナルジェット)の部品も検査している。
10年ほど前、農家の祖母が病気になり、伊丹市内の畑の世話を一時期引き受けた際、農業に心を引かれた。大原野の畑では3年前から、無農薬無化学肥料のプロ農家を目指して研究に励んでいる。
1年前、古家さんが話を持ちかけた。「ソーラーシェアリングをしてみようと思うんや」。柴田さんは「聞いたことがなかったし、光量が減っても大丈夫か、と思った。でも他人があまりしていないので面白い」と感じた。昨年6月、畑の上に発電設備が立った。
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多くの農作物は実は、成長のための光合成に太陽光の一部しか利用していない。例えば、植物工場では自然光の2割程度の光量でレタスが育つ。
農地利用に規制をかける農林水産省がソーラーシェアリングを認めたのは2013年3月。農作物を栽培しながら、太陽光が秘める膨大な未利用エネルギーを活用した発電収入によって、不安定な農業経営を下支えする手段として広がった。認可数は全国で400件を超え、兵庫では15件に上る。
急速に普及したことで明らかになってきたのは、農業が直面している問題に対する解決への道筋だった。
今、日照りや水不足など農作物への地球温暖化の影響が表面化している。葉物野菜や果実が日焼けし品質の低下を招き、米の高温障害は九州などから全国に広がる。
光合成に詳しい神戸大大学院農学研究科の三宅親弘准教授(51)は「日照りが続くと、日差しから葉緑体を守るようにしたり、水を蒸散させたりして生き抜こうとする。だが、その環境は過酷になっている」と説明する。
そんな中、ソーラーシェアリングを導入した農家からは「日焼けせずに柔らかい良質の葉物野菜が収穫できた」「カブやニンジンなどはむしろよく育つ」といった報告がされている。影の効用だ。太陽光と植物生理の関係に目が向けられるようになり、農業に新しい知見がもたらされた。
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「インゲンなど豆類は収量が増えた。光がほどほどの方が、花がたくさん咲くものもある」。できあがったばかりのソーラーシェアリングの畑で、夏野菜を育てた柴田さん。当初は不安も抱いたが、今は消えた。
昨夏からの半年間の栽培で見つけた数少ない欠点はパネルからの雨だれだ。「畝を不織布などで覆う時期はいいが、11月など露地栽培のころは落ちる水で大きな穴ができる」
そんな課題もアイデアを生む種だと笑う。例えば、雨どいをつけてパネルからの雨水をため、水やりに使ってもいい。パネルを密集させ、その下でキノコを栽培し、ミツバチを育てるのもいい。今春にはラズベリーやブラックベリーなど低木の果樹を植える予定だ。
「もちろん、パネルの影による影響もデータをとって比較する。そういうところが理系なんでしょうね」
「新たな発想を生む空間」で、柴田さんの取り組みは続く。
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東日本大震災以降、エネルギーの視点が農林業の姿を変えようとしている。地域に眠る資源をエネルギーに活用して、持続可能な地域の姿を描こうという動きが進んでいる。まずは宝塚の農村地域で始まった取り組みから。(辻本一好)
【ソーラーシェアリング】太陽の光を作物生産と発電で分かち合うという意味で、営農型太陽光発電とも呼ばれる。地域の平均的な収量の8割の確保などを条件に、2013年3月から農林水産省が正式に認めるようになった。売電収入による農家の所得増加につながり、国内農業が直面する担い手不足や耕作放棄地などの問題解決の一助になると、注目されている。
2016/1/1