(2)当事者の思い
2019/12/16 10:16
3年前に認知症と診断された男性(右)。妻(左)や家族に支えられ、今夏まで仕事を続けた=加古川市内
「僕は自分のことを認知症と思ったことはありません。自覚もないし、生活する上で何も困ったことはない」
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兵庫県加古川市内に住む岩永保さん(72)=仮名=は、語気を強めてきっぱりと言った。受け入れられない気持ちを示しながらも、「でも、うちの奥さんが言うならそうやろうと」と、妻の道子さん(70)=同=に目を向けた。
「アルツハイマー型認知症」と診断されたのは3年前の夏。その後も週1回の仕事を今年7月まで続けた。職場の労働問題に向き合う相談員。若くから大手企業の労働組合の専従役員になり、産業別組織などで要職も務めた。その経験を生かせる、思い入れのある仕事だった。
仕事について話し始めると止まらない。「(労働相談で)見ず知らずの僕に『こんなことで困っている』と打ち明けるのはよほどのこと。多くが非正規だったり、会社に組合がなかったり」「後になって布団の中で『あんな回答で良かったか』と悩むこともあった。その人の人生も左右しかねないからね」。言葉に責任感と誇りがにじむ。
道子さんは「仕事に行く朝はきりっとした顔をして、どこが認知症なんだろうと。辞めた後はちょっとがっくりきたかな」と振り返る。保さんも「張り合いはなくなったな」と本音を漏らす。
保さんは道子さんの勧めで2年前から、マージャンのサークルに通っている。考える力は衰えておらず、他の参加者に教えることさえある。保さんは「最初は“健康マージャン”なんて面白くもなかったけど、『相手はこういう手を狙っているのでは』と推理するのが楽しくなった」と話す。
道子さんは「サークルの代表に相談すると『連れて来てあげて』と言ってもらえ、みんなと同じように受け入れてくれた」と感謝する。保さんは男性向け料理教室に参加したり、自転車で加古川河川敷を走ったりするなど、新しいことにも挑戦している。
とはいえ、記憶障害は少しずつ進行し、数日前に出会った人のことを覚えていない。理解力も低下しつつある。保さんは今の心境について「仕事を全部辞めて解放された気分。認知症は全く自覚がないし、他に大きな病気もない。平凡ではあるけど、トータルでは幸せかな」。昔の同僚や後輩との飲み会を楽しみにし、今の穏やかな生活を続けたいと思っている。
同市内で暮らす長女の石川菜々さん(45)=仮名=は「病気で支えられる生活になったけれど、お父さんがこれまで仕事を頑張ってきたり、人を助けてきたりしたからこそ、今、助けてもらえる。それって豊かな人生だと思う」と語った。道子さんも深くうなずいた。(切貫滋巨)