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震災遺児1995・2011 春菜、佳祐の物語

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被災直後の宮城県石巻市
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被災直後の宮城県石巻市

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【佳祐の物語 「分かった。もう言わないで」】

 教室は凍えるほど寒い。避難者が、丸めた雑巾を調理室にあったサラダ油に浸し、火を付けた。弱々しい炎が、真っ暗な教室にともった。

 東日本大震災が起き、宮城県石巻市立湊小学校に付近の住民らが逃げ込んだ。1年生の辺見佳祐(けいすけ)は4階の教室で家族を待った。たくさんの児童が一緒にいたが、父母らが迎えに来て、1人、また1人と教室を後にした。

 「なんで僕のとこだけ来ないの」。取り残された佳祐は、学校職員に何度も尋ね、泣き続けた。

 「大丈夫だよ。もうすぐ来るよ」。職員はそうなだめるしかなかった。

 2日後、同校教諭の武川雄三(49)はがれきが散乱した校区を歩いた。いくつかの遺体を見たが、どうすることもできない。

 佳祐の家がある不動町まで来たときだ。市民会館の前の電柱に、1台の車を見つけた。側面が電柱に押しつぶされて止まっている。

 佳祐の父正(まさ)紀(き)=当時(42)=の愛車、銀色のアウディだった。窓ガラスは泥で汚れ、中はうかがえない。「もう駄目だ」

 叔父が佳祐を迎えに来たのは震災から4日後。アウディの中から、家族4人の遺体が見つかったが、佳祐には知らせなかった。

 宮城県東松島市の父の実家に身を寄せた。母みどり=当時(49)=の姉で、仙台市に住む伯母日野玲子(53)も駆けつけた。まだ電気も水道も復旧していない。玲子は佳祐を連れ、仙台へ戻ることにした。

 「みんなは病院にいて会えないから、おばちゃんの家に行こう」。そう声を掛けると、佳祐は「病院に行きたい」と泣きじゃくった。佳祐をなだめながら、玲子のアパートに向かった。

 もう隠し通すことはできない。その夜。玲子は真実を告げようと決意する。

 久しぶりの風呂から上がり、落ち着いた様子の佳祐に、そっと語りかけた。

 「なんでみんな、迎えに来られなかったかっていうとね…」

 返ってきたのは、意外な反応だった。

 「分かった。もう言わないで」

 佳祐はそれだけ言うと、黙り込んだ。それ以上は何も聞かなかった。玲子も黙り込んだ。

 玲子は前年に離婚。子どもはいない。親族で話し合い、母みどりと年が近い玲子が、佳祐を引き取ることになった。

 震災から約2カ月後。家族の思い出が詰まった石巻の自宅で、2人の暮らしが始まった。=敬称略=

(上田勇紀)

2013/1/13

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