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震災遺児1995・2011 春菜、佳祐の物語

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【春菜の物語 「パパとママを助けて」】

 「パパ ママ」

 激しい揺れが収まった後、春菜は叫んだ。隣の部屋の両親から、返事はない。

 1995年1月17日未明。神戸市東灘区の自宅は崩れたが、8歳の春菜は、わずかにできたすき間で助かった。

 左手を伸ばす。2段ベッドの下で寝ていた姉綾香=当時(12)=が、ぎゅっと握り返してくれた。

 真っ暗闇の中で、一筋の光が見える。「出れるかもしれへん」。光に向かって、必死にもがいた。突然、外に出た。

 そこで、春菜は、見たこともない光景を目にする。

 砂ぼこりが舞う、薄暗い町。まわりの家の屋根が目の高さにある。立ち上がって足もとを見ると、屋根瓦を踏んでいた。春菜の家も、まわりの家も、ぺしゃんこにつぶれていた。

 「外に出れたんやけど」。春菜は、中にいる綾香に向けて声を掛けた。「コンコン」。木をたたくような音が聞こえた。春菜も「コンコン」。屋根をたたき返す。「コンコン」「コンコン」…。そんな合図を、何度か繰り返した。

 隣に、自分と同じように、つぶれた屋根に立つ人がいた。「パパとママとお姉ちゃんが埋まっているので、助けてください」。春菜はそばに行って頼んだ。だが、返ってきた言葉は「まだこっちも埋まっとんねん」。

 春菜はその後、近所の人に連れられ、魚崎小学校に向かった。

 午前8時を過ぎたころ。近くに住む父方の祖母、吉田好子=当時(66)=に連れられ、綾香が小学校にやってきた。「お姉ちゃーん」「春菜」。姉妹が抱き合う。

 避難所となった体育館に身を寄せた。春菜はじっと、入り口を見つめていた。何人もの人が、とめどなく入ってくる。

 「きっと2人そろってやってくる。今度来るのがパパとママかもしれない」。そう信じて、入り口から目を離さなかった。

 父勝俊と母純=いずれも当時(36)=は、昼を過ぎて、がれきの中から運び出された。診療所に運ばれた時には、もう手遅れだった。

 「病院にいるからね。いまは無理。また会わせてやるからね」。好子は、幼い姉妹に両親の死を伝えることはできなかった。

 翌18日の未明。北区に住む母方の祖父と叔母が、体育館に迎えに来た。春菜と綾香は車の後部座席に乗った。暗闇の中、がれきが散乱した道を進む。

 綾香がつぶやいた。

 「パパとママ、死んだんでしょ」

 数秒の沈黙があった。

 「そうよ」

 助手席の叔母、大久保理奈=当時(34)=が答えた。

 寒気が春菜を襲った。体の下の方へ、力がすーっと抜けていった。

 親族の話し合いの結果、春菜は母の実家へ、綾香は父の実家へ。姉妹は、離れ離れで引き取られることになる。

=敬称略=

(上田勇紀)

2013/1/14

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