地中に眠る犠牲者銘板、毎年写し公開 遺族に配慮

2020/01/15 14:05

452人の名前が記されたステンレス製の銘板。コンクリートの箱に収納されている(芦屋市提供、画像の一部を加工しています)

 阪神・淡路大震災で452人が命を落とした兵庫県芦屋市では、犠牲者の名前を刻んだ銘板が芦屋公園(芦屋市浜芦屋町)にある慰霊碑の地下に納められている。神戸市や西宮市では誰でも見られる状態で犠牲者の銘板や慰霊碑が設置されているが、芦屋では一部の遺族からあった「見るとつらくなる」との訴えに配慮した。毎年1月17日、現地で催される追悼行事に限り、銘板の写しを公開している。(風斗雅博) 関連ニュース 100歳の現役ランナー 走った距離は地球1周以上 マラソン大会760回出場 尼崎市で7人感染 40~80代の男女 西宮の病院でクラスター 職員と入院患者計8人 新型コロナ

 震災から6年後の2001年、地元の芦屋川ロータリークラブが銘板10枚を市に寄贈し、翌02年に慰霊碑の下に埋められた。縦約26センチ、横約23センチのステンレス製で、亡くなった芦屋市民や市職員ら計451人の名前を刻み、翌03年に1人が追加された。
 銘板を地中に置いた理由について、同クラブ会員の永瀬隆一さん(48)は、当時銘板の作製に携わった父親の純治さん(故人)らが遺族の思いに配慮したと明かす。永瀬さんは「銘板を見るとつらくなる人が複数いて、(当時の)北村春江市長と相談して決めたらしい」とする。
 同クラブと芦屋市とのやりとりが残る会議録では、銘板を公開する意向も示されたが「名前を入れるのを嫌がる人もおり、しなかった」とも記され、地中化には賛否があったようだ。
 震災犠牲者を伝える銘板として有名な神戸市中央区の東遊園地にある「慰霊と復興のモニュメント」。5016人の名前が刻まれており、誰でもいつでも銘板を見ることができる。一方、明石市の大蔵海岸にある震災モニュメントは、銘板を収納したタイムカプセルが一度は地中に埋められ、その後は市役所内に保管している。ただ、同市の担当者は「当時の資料が残っておらず、埋めた理由は見当がつかない」と話す。
 震災から丸25年となる今月17日、芦屋公園の慰霊碑前では、机に銘板の実物大写真が並べられる。当日の追悼行事にも参加する永瀬さんは「銘板が芦屋にあることはあまり知られていない。亡くなった一人一人に思いをはせる機会にしてもらいたい」としている。

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