「どんな人も見捨てない」復興住宅の孤独死が原点
2020/01/16 14:15
星が丘ホームの前で、20年間の歩みを振り返る徳岡八重子さん=神戸市垂水区星が丘3
阪神・淡路大震災をきっかけに建設され、心身のケアが必要な高齢者らの共同住宅「星が丘ホーム」(神戸市垂水区星が丘3)が設立20年を迎えた。災害復興住宅での孤独死や認知症の発症を見聞きした徳岡八重子さん(68)らが立ち上げ、自宅や施設での生活が難しい高齢者らを受け入れてきた。ホームを抜け出したり介護に抵抗したりする利用者もいたが、徳岡さんは「どんな人も絶対に見捨てない。そう思うのは震災で助けられなかった命があるから」と話す。(田中宏樹)
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徳岡さんは1993年、地元主婦らで給食サービスのグループを結成。震災直後に避難所で炊き出しを始め、約3カ月後からは仮設住宅で暮らす高齢者や障害者らに有料で昼食の弁当を配り始めた。
活動を続けるうち疑問が募った。仮設住宅から復興住宅へ移った高齢者に認知症が現れたり、住民が孤独死したりする。「先が見えず簡易な造りの住まいから、幸せなすみかにたどりついたはずなのに…」。しっかりと重厚な造りの部屋は、隣人をはじめ周囲の物音や気配が分からず、かえって孤独になっていると、気付いた。
99年12月、さら地だった敷地に約7千万円かけ2階建てのホームを開設。高齢者や障害者らは自室で暮らすが、リビングやトイレ、風呂などは共同で使い、日中は地域に住む高齢者らも通える場所となった。2008年4月には隣接する「第2星が丘ホーム」も完成した。
両ホームには現在、介護を要する高齢者約10人が暮らす。暴言や徘徊(はいかい)がひどく介護施設を退去させられたり、家族が精神科病院への入院に抵抗があったりし、行き場を失った末に受け入れを頼られることが多い。
「ここは最後のとりで。どんな人でもまずは受け入れることが大切」と徳岡さんは力を込める。利用者は症状が落ち着き施設に戻ることもあれば、そのまま最期を迎えることもある。
ホームを運営し20年。徳岡さんは「ふらっと話しに来られる雰囲気」を大切にしてきた。利用者でなくても、地域の住民らが悩みを相談しに立ち寄ると、必ず耳を傾けてきた。
阪神・淡路から四半世紀を迎え、被災地では高齢化などに伴い追悼行事や集いの継続が課題となっている。「震災による喪失感や寂しさはずっと消えない」。徳岡さんはそう言って続けた。「だからこそ、いつでも門戸を開き誰でも受け入れるこのホームが、地域にあり続けることが大事なのかな」
■「震災を語り合える場に」18日、ホーム冬祭り
星が丘ホームを運営するNPO法人「福祉ネット星が丘」は18日午前11時から「第2星が丘ホーム」前で恒例の冬祭りを開く。
ホーム開設の間もない時期から1月17日前後に毎年開いている。炊き出しや餅つきがあり、同法人理事長の徳岡八重子さんは「参加者同士で25年前のことを思い出し、語り合える場になれば」と話す。無料。福祉ネット星が丘TEL078・708・3244