【特別編】地震と共存する 石橋克彦・神戸大名誉教授
2019/10/26 11:51
石橋克彦・神戸大名誉教授
「災間(さいかん)を生きる 震災人脈」特別編では、次の災害に立ち向かう「災前」の備えについて有識者の論を紹介し、命を守る知恵を共有したい。地震学研究の第一人者、尾池和夫・京都造形芸術大学長(79)と石橋克彦・神戸大名誉教授(75)は、近い将来必ず起きるとされる南海トラフ巨大地震に向けた社会制度や人々の心構えがいまだに不十分と指摘。ともに「地震と共存する意識を醸成すべき」と警鐘を鳴らす。(金 旻革、竹本拓也)
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■「西日本大震災」に警鐘
駿河湾から紀伊半島沖を通って四国沖につながるプレート境界で起きる「南海トラフ巨大地震」は、発生確率が30年以内に70~80%と見込まれる。石橋克彦さんは、この地震が超広域災害「西日本大震災」をもたらすと警鐘を鳴らす。被害は国の想定を上回り、膨大な数の被災自治体を生み、外部支援すら望めない恐れがある災害だ。「明治以降の日本が経験したことがない大災害が起こりうる」と警告する。
国は、最大クラスの南海トラフ地震が発生した場合、マグニチュード(M)を9・1とし、死者は最悪32万3千人、津波高は最大34メートルに達すると想定。政府の中央防災会議は今年5月、幹事会で応急対策活動に関する計画をまとめた。
地下の震源断層面が陸の下に広く入り込み、東日本大震災では局所的だった震度7が広範囲で発生するとされる南海トラフ地震。石橋さんは「阪神・淡路大震災のような都市型災害や新潟県中越地震で起きた山地災害が各地で同時多発する」と強調する。大阪湾や瀬戸内海に及ぶ津波は東日本を上回り、さらに大雨や豪雪が重なれば、被害はさらに拡大する。「鉄道や高速道路の事故の多発、超高層ビルやコンビナートの被害も当然予想されるが、具体的な想定がなされていない」と指摘する。
また、被災自治体が膨大な数になり、広域救援体制が機能しない恐れが強いという。中央防災会議の対策計画が、過去に地震で被災した自治体を救援チームとして想定することも問題視。「再び被災する可能性を考慮していない。計画は適切なのか」と懸念を示す。
多くの被災地は孤立無援の中、自力で復旧・復興に臨まざるをえない。人口減少が追い打ちをかけ、社会の立ち直りを困難にするリスクをはらむ。石橋さんは「各地域が食料やエネルギー、福祉ケアの面で最低限の自給ができ、自立して暮らせるような社会に変えておかなければいけない」と訴えている。
■「最悪」想定した備えが肝要
-東京大助手時代の1976年、東海地震が従来の震源域と異なる可能性を指摘した「駿河湾地震説」を提唱。それを契機に2年後、駿河湾周辺の観測網と防災対策を強化する「大規模地震対策特別措置法(大震法)」が制定された。
「地震予知連絡会に自説を提出した翌日、静岡県の職員が『東海地震は遠州灘なので大したことない』と言うのを聞いた。危機感の違いに驚き、駿河湾でも起こることを強く訴えて、予防原則に立って防災対策を促さなければいけないと思った。その後の阪神・淡路大震災や東日本大震災を目の当たりにし、訴えは正しかったと考えている。だが、大震法によって地震対策が東海に偏ったことは過ちだった。地震はどこでも起きるという研究者の“常識”が共有されなかった」
-94年発刊の著書「大地動乱の時代」は、首都直下地震を想定して高層建物や高速道路などの被害を指摘。想定は5カ月後の阪神・淡路で現実化する。
「神戸の被災者からは『なぜ分かっていることを教えてくれなかったのか』との悲痛な声を聞いた。一方、この本を読んで自宅を耐震化し、阪神・淡路で被害を免れたという人もいた。いつか起きる災害への警鐘と啓発に取り組まなければいけないと痛感した」
-「原発震災」の危険性をいち早く指摘した。
「阪神・淡路の後、原発をきちんと論じていないことに気付いた。原発は地震学者には論じにくいと思っていたが、調べてみると原発の地震対策がお粗末でびっくりした。『原発震災』を提唱し、『起こる可能性があることはいつか必ず起こる』(マーフィーの法則)と警告した。ただ、福島原発事故を見て『起こる可能性があることはすぐにも起こる』と考え直した」
「日本で暮らすことは地震と共存すること。南海トラフ地震では『臨時情報』が出ることになったが、確実性に疑問がある。住民も自治体も、日頃から最悪のケースを想定して備えておくことが肝要だ。根本的には、一極集中と過疎化が進む社会の在り方を見直さなければ、国難を乗り越えられない」
【大規模地震対策特別措置法(大震法)】駿河湾や遠州湾を震源とするマグニチュード8級の東海地震対策として1978年に制定。約30カ所に観測機器が設置された。地震につながる前兆があれば、首相が「警戒宣言」を発令。住民の事前避難や鉄道の運行停止、学校の休校、銀行の営業停止などの規制をかける。
2017年に政府は「高い確度の予測は困難」として予知前提の方針を転換。「警戒宣言」を実質的に廃止し、東海、東南海、南海地震が連動する南海トラフ巨大地震に対する「臨時情報」で被害軽減を図る。