「全世代型社会保障」第1弾 幼保無償化、誰のため?
2019/10/27 11:10
神戸新聞NEXT
政府が掲げる「全世代型社会保障」の第1弾として、幼児教育・保育の無償化が10月に始まりました。消費税の増税による税収が財源になっています。これまで高齢者に偏っていた社会保障制度を見直し、子育て世帯を応援する狙いですが、保育の現場や家庭ではどのように受け止められているのでしょうか。対象や課題を整理してみました。(井上 駿)
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■なぜ、今無償化なのか
人口減少社会が到来する中で、働き手の不足が大きな課題です。とりわけ、女性が働き続けられる環境を整えることは、急務となっていました。
一方で、政府の意識調査によると、「子育てや教育にお金がかかり過ぎる」といった声が多数上がっています。
海外でも、フランスやイギリスで無償化を実現しています。韓国は3~5歳児の幼児教育について公立園では無償化し、私立園も段階的に進めています。
こうした背景から、政府は低所得者層を中心に段階的に無償化を進めてきましたが、2017年の衆院選で安倍晋三首相が急きょ、「消費税の増税分を財源とする無償化」を公約として掲げました。
一気に、政権の“看板政策”となった無償化。ただ、財源である消費税増税10%の実現が、景気状況などから、なかなか見通せませんでした。結局、10月に実施にこぎつけましたが、国も自治体も、施設側も準備不足のまま迎えることになったのです。
■現場の受け止めは
無償化そのものは歓迎するものの、0歳児の保護者や保育関係者からは「待機児童も増えるのでは」と心配する声があります。
保育所などは、おおむね6カ月から預けることができます。低所得家庭を除き対象外となっている0~2歳児についても、保育サービスを利用して働く母親が増えるとみられています。
一方で、少子化で保育需要もいつか頭打ちになるのではとの懸念から、施設整備が一気には進まない現状もあります。
保育士や幼稚園教諭の担い手不足も深刻で、現場からは「待遇改善しなければ人が集まらない」との悲鳴が上がっています。人手が確保できないため、時間外に子どもを預かる「預かり保育」ができないケースも相次いでいます。
政府の賃金調査(18年)では、保育士の平均給与(23万9千円)は、全産業平均からおよそ10万円も低くなっています。退職した保育士らの活用も進められており、神戸、兵庫県明石市などでは一時金や家賃補助を支給する制度を設けています。
■これからの課題は
まずは、待機児童の解消です。19年4月時点の待機児童数は、都道府県別で兵庫県は1569人で東京、沖縄に続き3番目。自治体別では、明石市は全国ワースト2位の412人で、西宮、神戸、姫路、宝塚、尼崎市で100人を超え、全国的にも対応の遅れが目立っています。
県も来年4月には無償化によってさらに待機児童が増えると見込んでおり、市町と連携して施設整備に取り組む方針です。
また、認可外保育施設は十分に活用されていません。従業員の子どもらを預かる「企業主導型保育所」は開設が相次ぐ一方で、定員に満たないなど、保育ニーズとのミスマッチも指摘されています。
「全世代型社会保障」の第2弾として、来春からは、低所得の家庭を対象に大学や専門学校などの授業料減免や給付型奨学金の給付が始まります。次世代をどう支え、社会の活力を養っていくのか。今回の無償化と合わせ、政策効果を検証する必要があるでしょう。
【教えて!先生】
■小崎恭弘・大阪教育大准教授(保育学)
日本の教育費は「フタコブラクダ」と呼ばれている。つまり、中盤の義務教育では落ち着くものの、幼児教育・保育と高等教育(大学)に負担が集中していた。今回と来春の二つの無償化は、このコブの解消を目指すものだ。
日本の社会保障制度は医療や年金制度を核とする高齢者中心でバランスの悪いものだった。それを子育て世代にも広げて均衡をはかる「全世代型」を目指すことは聞こえがいい。消費税増税で増える税収5.7兆円のうち、幼保無償化や高等教育の無償化に利用されるのは3割程度。国の借金返済にもほぼ同額の支出となるが、増税を国民に納得させるため、政府は無償化を前面に押し出していると感じる。
全世代型の実現に向け、誰がその「痛み」を負担するのか、議論は成熟していない。国は、財源を消費税にしたことについて公平性を強調しているが、低所得者ほど負担が重くなる逆進性がある。所得税や法人税を財源にするとしたら、理解を得られるだろうか。
私たちも給付だけに目を向けるのではなく、誰が何を負担すれば「不公平感」が拭えるか、その議論を重ねていかなければならない。