デブ猫

マルと記憶の庭①【かなしきデブ猫ちゃん 広島編第2弾】

2026/08/09 05:10

吾輩(わがはい)も“ネコ”である。



 名前(なまえ)は、マル。



 額(ひたい)にクールな“八(はち)”の字(じ)の入(はい)った、通称(つうしょう)「ハチワレ」。一年前(いちねんまえ)、広島県内(ひろしまけんない)をぐるりと回(まわ)った勇敢(ゆうかん)なオスネコだ。



 ふーん、ふふふーふふんー♪ 



 エアコンのよくきいた館内(かんない)に、『さすらい』の鼻歌(はなうた)が小(ちい)さく響(ひび)く。



 ここ最近(さいきん)、常(つね)に一緒(いっしょ)にいる相棒(あいぼう)のポギーが、あきれたように言(い)ってくる。



「なんでノンキに絵(え)なんて見(み)てるんだよ!」



 目(め)の前(まえ)に、たくさんの絵(え)が並(なら)んでいる。最近(さいきん)のオレの趣味(しゅみ)だ。広島(ひろしま)には素敵(すてき)な美術館(びじゅつかん)がたくさんある。



 今日(きょう)やって来(き)たのは〈ひろしま美術館(びじゅつかん)〉だ。モネにピカソ、それにゴッホなんかがオレのお気(き)に入(い)りだ。



「いやぁ、素晴(すば)らしい絵(え)ばかりだよね。ポギーは静(しず)けさの匂(にお)いってあると思(おも)わない? オレ、アートって好(す)きだな」



 ポギーは怒(おこ)ったように毛(け)を立(た)てた。



「君(きみ)にアートが理解(りかい)できるとは思(おも)わないぞ! そんなことよりも、マル。本当(ほんとう)にそろそろ出発(しゅっぱつ)しようぜ」



 ひどい言(い)われようだが、ポギーの言(い)い分(ぶん)も理解(りかい)できた。




 オレたちが出会(であ)ったのは七ヶ月前(ななかげつまえ)、冬(ふゆ)のマツダスタジアムだった。



 あの日(ひ)、ライブを終(お)えたオレたちのもとに、見知(みし)らぬネコがバックスクリーンから猛然(もうぜん)と走(はし)ってきた。



 そのネコこそがポギーだった。



 ポギーは仲間(なかま)の一人(ひとり)、モトナリに用(よう)があった。



「先生(せんせい)! 力(ちから)を貸(か)してください! ある黒猫(くろねこ)が困(こま)っています。帰(かえ)る場所(ばしょ)がわからないと言(い)うんです!」



 仲間(なかま)たちがざわめいた。



 それを制(せい)するようにモトナリが問(と)いかけた。



「帰(かえ)る場所(ばしょ)とは?」



「記憶(きおく)をなくしたと言(い)ってるんです」



 モトナリの眉(まゆ)が歪(ゆが)んだ。助(たす)けてやりたいのは山々(やまやま)だが、いまは予定(よてい)が立(た)て込(こ)んでいるのだという。



 ポギーはがっくりとうなだれた。



「そうですか……。あのメス猫(ねこ)、落(お)ち込(こ)むだろうな」



「だったら、オレが力(ちから)になろうか?」と、オレはつい安(やす)うけ合(あ)いしてしまった。ライブで気(き)が大(おお)きくなっていたせいだろう。



 それでも困(こま)っている者(もの)がいるなら、黙(だま)って手(て)を貸(か)したい。ましてや、それがメス猫(ねこ)ならば!



 オレは「かなしきデブ猫(ねこ)ちゃん」だ。



 そこんとこ、どうぞよろしく--。


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