駐車場屋上に人影「すぐ止めないと」 人命救助につながった偶然と、警察官が感動した2人の行動 御影のエディオン屋上
2022/05/20 20:35
エディオン御影店の立体駐車場。屋上で副店長らが人命救助に当たった=神戸市東灘区御影本町4
神戸市東灘区の阪神御影駅近くにある家電量販店「エディオン」御影店の駐車場で4月、高齢男性が飛び降り自殺を図ったところを従業員らが制止した。屋上の塀によじ登ろうとする高齢男性の姿に気付いたのは、駐車場に偶然居合わせたテレビの修理業者だった。
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■自分が落ちるかも
第一発見者はこの日、テレビのレコーダーを修理する仕事で同店にいた自営業の中村藤夫さん(75)=神戸市東灘区。4月4日午後4時半ごろ、3階建て立体駐車場の屋上に一人立って空を眺めていると、約50メートル先に人影が見えたという。
「車も止まってないのに、何してるんやろ?」
白髪交じりの男性が、広い駐車場の端っこを塀に沿って歩いていた。塀が胸の高さぐらいまで低くなっている所で足を止めた。よじ登ろうとしている。
「危ない」「すぐ止めないと」。頭では分かっていたが、少し距離があった分、体が動くよりも先に、中村さんの中でいろんな考えが巡った。
男性は高齢のように見えるが、中村さん自身も70歳を超えている。そして、身長150センチの小柄な自分よりも、相手のほうが一回り大きい。
「もみあいになったら負ける」「自分が落ちてしまうかもしれない」。不安を感じた。
間に合わなかったらどうしよう。そう思うと、それはそれで怖かった。でも、このほうが助けられる確率は高いはず。
思い切ってきびすを返した。
■ゆっくり、背後から
事務所に駆け込んできた中村さんから状況を聞いたのは、副店長の渡辺康仁さん(37)。「そもそも僕の手に負える範ちゅうじゃないんですが、かといって、売り場責任者に任せる話でもない。分かっていたのは、とにかく一刻を争うということだけ」
押っ取り刀で屋上に向かうと、まだ男性の姿があった。塀の内側にある低い突起部分に両足を乗せ、塀の上に両手を突っ張って身を乗り出すように立っていた。危険な体勢だが、ためらっているようにも見えた。
気付かれないようにゆっくりと近づく渡辺さん。背中越しに「大丈夫ですか」と短く話しかけつつ、そっとジャンパーの裾をつかんだ。
振り返った男性ははっとわれに返ったようで、どこか申し訳なさそうな顔をしていた。「降りましょう」と体を抱えるように引き寄せた。暴れず、抵抗もされなかった。
落ち込んだ様子で何も話さない男性に、一方的に諭したり事情を尋ねたりするのはやめた。
「落ち着いてちょっとお茶でも飲みましょうか」
店舗のほうへと促し、歩いて戻った。
■テレビ中継に導かれ
その間に中村さんが110番していたため、駆け付けた東灘署員が男性を保護。その日のうちに家族が署へ迎えに来て、男性を連れて帰ったという。2週間後、同署は2人に人命救助をたたえる兵庫県の「のじぎく賞」を伝達した。
ところで、中村さんはなぜあのとき、広い駐車場に1人で立っていたのか。
直前までは、店の倉庫でテレビのレコーダーを修理していた。作業中、たまたま目に入ったのは、神戸空港からの中継映像だった。今からビール会社が広告の飛行船を飛ばすという。「近くに高い建物はないし、ここからならよく見えそう」。休憩がてら、と屋上に向かったのだそうだ。
「男性からしたら、私の方がよほど怪しかったかもしれません」。男性を見つける前、飛行船が浮かんだのが見えたが、「正直それどころではなかったので、あんまりよく覚えてません」。
■プロも感心
男性が無事で胸をなで下ろす一方、なぜ自殺を図ったのか、何に悩み、どれほどつらい思いをしていたのかは全く知らない。
「だから、あの人にとっていいことをしたのかどうかは正直分からなくて」
表彰を受けた後も、中村さんは複雑な心境をのぞかせていた。
ただ、署によると、救助された男性の妻は「助けていただいてありがとうございます」「しっかり面倒を見ていきます」と感謝していたという。武田英雄署長は「尊い命を失っていたかもしれない。勇気を出していただいて本当に良かった」と2人に謝意を伝えた。
「警察官でも声を掛けるタイミングや声の掛け方は迷うし、ちゅうちょもします」とは、岡崎陽生地域3課長。「お二人はしきりに『大したことないです』と言いますが、とんでもない。心に正義感がある人しかこういう行動は取れません。私たちも大いに見習いたい」(井上太郎)