<連載>御影駅前「なだ番」から世界へ・ハルヤマシタの挑戦(3) チャンス 「お前はやる気があるのか」

2022/06/05 16:45

山下春幸さんが営む「HAL YAMASHITA」東京本店=2021年4月、東京都港区赤坂9(撮影・吉田敦史)

 阪神御影駅南の居酒屋「なだ番」で料理人としての第一歩を踏みだし、2007年に東京・六本木の「東京ミッドタウン」に進出した山下春幸さん(52)。10年、「新和食」のパイオニアとして勢いに乗り始めた山下さんの店に、ドイツ人ピーター・ニップ氏の一行がやってきた。世界的な美食の祭典で審査の中心を担う人物だ。(文中敬称略) 関連ニュース <連載>御影駅前「なだ番」から世界へ・ハルヤマシタの挑戦(6) 新展開 業界巻き返しの先頭に <連載>御影駅前「なだ番」から世界へ・ハルヤマシタの挑戦(5) 新和食 素材生かす究極の「引き算」 <連載>御影駅前「なだ番」から世界へ・ハルヤマシタの挑戦(4) 試練 重鎮にも貫いた料理哲学

(井上太郎)
■剛速球の17皿
 「カネなし、コネなし、修業なし」のまま30代で憧れの東京に進出していった山下は、「新和食」という新しいジャンルを切り開く。それは懐石料理でも創作料理でもない、最高の食材と最高の技法で作った「究極の家庭料理」として、山下の代名詞ともなっていった。
 そんなある日、世界の料理人が腕を競う美食の祭典「ワールド・グルメ・サミット(WGS)」の関係者から予約が入った。WSGは毎年4月にシンガポールなどで開催される高級料理フェスティバルで、世界のトップシェフが集まり、現地の施設を使って至高の料理を振る舞う。その日本代表を選ぶため、審査団が来日し、東京や京都のトップ店を50軒ほど回るのだという。
 料理人にとって、またとないチャンスだ。あまたの名店の中からリストアップされるだけでも奇跡のような確率な上、最終的に代表に選ばれるのは1、2軒。代表争いは熾烈を極め、どの店も、一流のシェフがありったけの力を振り絞って、審査団に自慢の料理をアピールする。
 山下も「僕の集大成で、野球で言えば全部が剛速球」という17皿もの料理を準備し、審査団の来店を待った。
■飽食の審査団
 審査団は2週間ほど日本に滞在して食べて回る。山下の店の順番は最終日のお昼だった。
 予約通りに審査団が入ってきた。その中に、身長2メートルほどのひときわ大柄なドイツ人がいた。ピーター・ニップ。WGSの審査団の中心人物で、愛用の高級カメラを手に、今回の日本滞在中に撮りためた写真をうれしそうに同行者に見せていた。山下が振り返る。
 「ちょうど僕がいるキッチンの真横の席に座っていたので聞いていると、『朝昼昼晩晩で1日5食ぐらい食べる』『きょうの晩も、ミシュランの3つ星を取るような超有名店が夜に入ってる』と。で、『さあハルの店だ』『なんか知らんけどここは知り合いに紹介されて、なんかこいつ今すごい勢いあるから行ってみろということで来てみたけど、あんまり情報もないぞ』と。そんな感じでしたね」
 1日5食のレストラン回りを続けるニップは同行者に「5キロも6キロも太った」とこぼしていた。このランチも2軒目らしく、ぴちぴちのYシャツのおなかをさすって「苦しい苦しい」とつぶやいた。
 その様子をじっと見ていた山下は突如、厨房に指示を出した。「ちょっと待って」「料理を全部変える」
■不穏な空気
 厨房がばたついた。17皿の料理を6皿に減らし、メニューも全部変えた。アシスタントは「今からやるんですか?」と驚いた。そのときにやれるものを作って、ニップら一行の席に運んでいく。それは「ほとんど精進料理のようなメニュー」で、山下いわく「剛速球からの、超スローボール」だった。
 案の定、コースのメインディッシュあたりで不穏な空気が店内に満ちた。ニップは鋭い顔つきで山下に尋ねた。
 「おまえはやる気があるのか?」
 審査団としては、情報が乏しいとはいえ、それなりにハルヤマシタの料理を調べてきている。だが、その代表的な料理が一つも入っていない。出てくるのは店の特徴と違う料理ばかり。ニップは「自分や審査をばかにしているのか、あるいはやる気がないのか、二つに一つだ」と判断したようだった。
 だが、山下は自信を持って、説明した。
(次回へ続く)

<連載>御影駅前「なだ番」から世界へ・ハルヤマシタの挑戦
(1)原点 野心胸に居酒屋で独学
(2)覚醒 身に染みた常連客の一言

→「東灘区のページ」(https://www.kobe-np.co.jp/news/higashinada/

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