<連載>御影駅前「なだ番」から世界へ・ハルヤマシタの挑戦(4) 試練 重鎮にも貫いた料理哲学

2022/06/06 17:22

ワールド・グルメ・サミットに出場したときの山下春幸さん(右から1人目、ウオーターマーク提供)

 阪神御影駅南の居酒屋「なだ番」で料理人としての第一歩を踏みだし、2007年に東京・六本木の「東京ミッドタウン」に進出した山下春幸さん(52)。3年ほどたった頃、世界的な美食の祭典「ワールド・グルメ・サミット(WGS)」の審査団の重鎮、ピーター・ニップ氏が日本代表選考のため来店した。だが、山下さんは提供メニューを当初の17皿から、「ほとんど精進料理のような」6皿に変える。案の定、ニップ氏は鋭い顔つきで「お前はやる気があるのか?」と問い詰めてきた。(文中敬称略) 関連ニュース <連載>御影駅前「なだ番」から世界へ・ハルヤマシタの挑戦(6) 新展開 業界巻き返しの先頭に <連載>御影駅前「なだ番」から世界へ・ハルヤマシタの挑戦(5) 新和食 素材生かす究極の「引き算」 <連載>御影駅前「なだ番」から世界へ・ハルヤマシタの挑戦(3) チャンス 「お前はやる気があるのか」

(井上太郎)
■「精進料理」の理由は
 「そりゃあ迫力もあるし怖かった」と振り返る山下だが、メニューを変更した理由については自信を持って、こう説明した。
 「気持ちは分かります。ただ、50軒ほどが候補にある中で、うちは最終日のランチ、それも2回目の。たぶんあなたのリストの中で、僕の店の位置は高くない。一方で、あなたは座るなり『5キロも6キロも太った』と言い、『苦しい苦しい』とおなかをさすった。体調も心配だし、その状態で僕の本当の料理の味を理解してもらえるとは、僕は思わない」
 「この後、夜も超一流の店に行かれると聞きました。そこにウエイトをかけるのであれば、うちの店は軽く回したほうがいい。僕が今日現在で、あなたに出せる料理の最高のレベルはこれでしょうね」
 この時、山下の中では「審査を通してもらおう」という気持ちは消えていたという。「普通に『うまい』と思える状態で観光にでも来てもらった方がいい」と考えた末のメニュー変更だった。
 「料理人って、おいしい料理を作ることもそうだけど、食べる人のことを最も考えて作るもんだというのが僕の考え方です」と山下は語る。要は自らの「料理哲学」を貫きたい。その一心だった。
■「日本代表はお前」
 ニップは帰り際、「日本に来て大変良い経験をさせてもらった」と山下に言った。その表情から、怒りや失望の色は消えていた。そして、「君は世界大会に出たいか?」と聞いてきた。
 山下は「もちろん出たいです」と返した。短い会話だった。一行は最後の候補店でのディナーに向かった。
 その日の閉店間際の午後11時半ごろ、ニップは山下の店に戻ってきた。
 「シャンパンを開けよう」「君も一緒に」
 テラスで乾杯した山下に、ニップは告げた。「日本代表はお前だ」。思いがけない一言だった。後ろでそれを聞いていたスタッフは泣き崩れていた。
 ニップはホテルグループ「ヒルトン」の総料理長を務めた人物で、山下は「彼は自分が行ったどこの店も全力投球で料理を出してくるのを知っている。だから、反対に『全力で投げないこと』を最も勇気のいる行為ととらえてくれた」と振り返る。
 山下は「これは後で聞いた話だが」と前置きした上で明かす。「料理人が自分の最も力を出せる、出したい場面であえてそれを封印して、ゲストのことだけを考えて料理を出すことは相当強い精神力を持っていないとできない、と判断してくれたそうです」
 「自分が何を食べさせたいか」ではなく、「相手が何を食べたいか」を常に考えること-。当然のようで、実践し続けることは難しい。山下に世界への扉を開かせたこの信念の原点は、父が経営し、自身も厨房に立ち続けた阪神御影駅前の居酒屋「なだ番」だった。
 10年4月、シンガポールで行われたWGSには、ミシュラン星付きを含む7カ国12人のシェフが招かれ、現地の施設を使って期間中の集客を競った。最多の客を集めたのは山下だった。現地の新聞には辛口フードライターのこんな記事が掲載された。
 「グルメサミットの料理は、山下の見事な料理を除いて2流だった」
 山下の名は一躍、世界にとどろいた。
(次回に続く)

<連載>御影駅前「なだ番」から世界へ・ハルヤマシタの挑戦
(1)原点 野心胸に居酒屋で独学
(2)覚醒 身に染みた常連客の一言
(3)チャンス 「お前はやる気があるのか」

→「東灘区のページ」(https://www.kobe-np.co.jp/news/higashinada/

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