広畑中でパン販売43年、名物おばちゃん引退 最後の出勤日に…

2022/02/16 17:11

「パン注のおばちゃん」こと梶原ゆき子さん。似顔絵そっくりの穏やかな笑みで、生徒を見守り続けた=姫路市広畑区小松町3、広畑中学校

 「パン注(ちゅう)のおばちゃん」。兵庫県姫路市立広畑中学校(姫路市広畑区)の生徒が代々、親しみを込めて、こう呼んできた女性がいる。梶原ゆき子さん(83)。弁当を持参していない生徒からパンの注文(パン注)を受け、校内で販売する仕事を40年以上にわたって務めてきた。市給食センターの新設に伴って、全校生徒への給食提供が始まり、梶原さんは引退することに。当初は親子、今では孫のような年の差となった生徒たちを、いつも優しく、温かく見守ってきた「おばちゃん」最後の出勤日を取材した。(森下陽介) 関連ニュース 【写真】広畑中生徒の胃袋を満たし続ける寿屋のパン 「ぶどうぱん」でおなじみの寿屋 ラスクで全国へ 【写真】「今までありがとう」。大きく手を振る梶原さんと生徒たち


 1月28日朝。いつもと変わらず、梶原さんの姿が校門にあった。「元気出していきや」「今度のテストも頑張るんやで」。梶原さんが明るく声を掛けると、次々に登校してくる生徒たちも笑顔を返す。
 登校を見届け、すぐに校舎1階へ。階段横の販売ブースが、梶原さんの定位置だ。午前8時すぎ、全17クラスの代表者が次々と、20種類以上あるパンの中から希望の品と個数を記した注文票を持ってきた。この日の注文数は、150個を超えた。
 梶原さんが地元のパン店「寿屋」に商品を発注し、一息つくと、今度は中庭に出た。花壇に咲いた草花の世話をしながらパンの到着を待つ。高校の恩師の紹介で1979年からパンを販売する梶原さん。登校時のあいさつや中庭の手入れも、ずっと続けてきた日課という。
 昼前、パンが届いた。梶原さんは、クラスごとに商品を手際よく分けていく。トレーへの並べ方も、生徒が取り分けしやすいように気を配る。
 いつもであれば、午前の授業が終わると同時に、クラス代表がパンを受け取りに来る。ところが、準備を整え、販売ブースで待つ梶原さんの前にやってきたのは、教員だった。視聴覚室へと案内し、各教室のテレビと結んだ「リモートお別れ会」を開いた。
 全校生徒約550人が教室の画面越しに見守る中、緊張気味の梶原さんがビデオカメラの前に立った。「こんにちは、パン注のおばちゃんです」。ゆっくりと口を開き、語りかけた。「40年間、一度だって苦しいと思ったことはありません。これからもずっと、みんなのことを応援しています」。生徒たちに最後のエールを送った。
 生徒代表の小川葵生さん(15)は「3年間ずっと一緒にいた身近な存在。試験で緊張していたら励ましてくれたことが忘れられない」と感謝を口にし、花束を手渡した。
 生徒たちからのメッセージカードや美術部員がそっくりに描いた似顔絵も受け取り、教室を後にした梶原さん。向かいの校舎から、大きく手を振る生徒たちに迎えられた。感極まった様子の梶原さんも手を振り、お互いに感謝の気持ちを伝え合った。
 廊下ですれ違う生徒や教員たちから声を掛けられながら、急ぎ足で販売ブースへ。寂しさを感じさせない明るい声で、生徒たちにパンを手渡していった。
 「給食が始まってもしっかりご飯を食べて大きくなってほしい。私は仕事を辞めても、子どもたちの成長を見守りたい」。晴れやかな笑顔で、最後の仕事を終えた。
     ◇     ◇
■二人三脚で昼食支えた「寿屋」 最盛期は1日600個
 梶原ゆき子さんと「二人三脚」で広畑中生徒の昼食を支えてきたのが、「ことぶきのぶどうぱん」で知られる寿屋(姫路市広畑区末広町1)だ。
 同社は1940年創業。広畑地区に製鉄所(現・日本製鉄瀬戸内製鉄所)が進出したのに合わせて店を構えた。多くの人が働く製鉄所の隆盛とともに、地元の広畑中は、1学年20クラス近くあるマンモス校に。最盛期には1日約600個のパンが売れた。
 人気商品は、カレーパンやメロンパン、クリームパンといった定番メニュー。想定以上の売れ行きでパンが足りなくなったとき、梶原さんが自転車をこいで追加の商品を取りに来たこともあったという。
 寿屋の増成豊美社長(62)は「おばちゃんは『子どものためやったら何でもやる』という感じ。そんな人の引退が少し寂しい」と話した。

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