夕刻の鐘が奏でる「赤とんぼ」、露風ゆかりの北の大地に 本紙記者が胸を熱くした龍野との結びつき
2022/09/12 05:30
【名作執筆の場は修道院】男性修道士だけで運営されているトラピスト修道院=北海道北斗市
 ♪夕焼小焼の赤とんぼ-。詩人・三木露風(1889~1964年)は1921(大正10)年に北海道・函館郊外のトラピスト修道院(現北斗市)でこの童謡を書いた。兵庫・龍野への望郷の念がにじむ歌詞は、どんな場所で生み出されたのか。たつの支局3年目を迎え、すっかり露風ファンになった記者が、夏休みのレジャーも兼ねて一路函館へと飛んだ。(直江 純)
          
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 お目当ては8月27日、函館市芸術ホールで開かれる「赤とんぼ100年記念」の声楽コンサート。会場では元北海道新聞編集委員の藤盛一朗さん(60)の講演も予定されていた。藤盛さんはカトリックに詳しく、ローマ教皇の取材経験もある。「露風は修道士のタルシスと出会い『祈りと労働』を重んじる生き方に心動かされた」と解説する。
 露風は1920~24年に住み込みの講師として修道士志願の少年たちに国語を教えた。北原白秋と並んで「白露時代」として詩壇の頂点に立った露風だが、満たされない思いを持っていた。カトリックに魅了され、妻とともに洗礼を受けたのは作詞翌年の22年だった。
 記者は演奏会の前日、藤盛さんに修道院を案内してもらった。美しいポプラ並木の奥に閉ざされた門が見える。両脇の牧草地には赤トンボの群れが飛び交い、露風がいた大正時代にタイムスリップした気分だ。
 新型コロナウイルス対策もあって修道院内部の取材は実現しなかったが、昨年新設された展示室は観光客も自由に見学できる(午前9時~午後5時、無料)。修道士は生涯独身の男性のみ。午前3時45分から祈り、そして働くという。
 修道院の名物が、1897年から製造を始めた「トラピストバター」。フランス流の発酵バターだ。このバターを使った濃厚なソフトクリーム(400円)を目当てに売店には観光客が列を作っていた。
 その近くには、露風の住居跡があった。盟友・白秋は露風が去った翌年にわざわざここを訪れ「つつましく 君が住みけむ 跡どころ 谷沢越えて 我(われ)は見に来し」と短歌を詠んだ。
 修道院の裏に回ると、牧草地越しに函館湾、津軽海峡と青森側の下北半島が見渡せた。午後5時ちょうどには、鐘が赤とんぼのメロディーを奏でる。山々にこだまし、何度も聞こえてくる荘厳な響き。信者ならずとも心洗われる思いに包まれた。
 近くには、露風ファンの上田雅(みやび)さん(83)が運営する「ギャラリー日の丘」(在宅時のみ開館、TEL0138・75・3557)がある。彫刻家だった夫・公夫さん(2017年死去)の作品のほか、露風を顕彰する資料が並ぶ。
 記者が神戸新聞のスクラップを進呈しようとすると「あなたの記事、たつのの友人に送ってもらって読んでるわよ」とカラーコピーを見せられた。千キロ近く離れた両地の結びつきに胸が熱くなった。
 北斗市観光協会の斉藤亮さんによると、市内では赤とんぼ100年を機に露風顕彰の動きが盛んになり、上田さんら住民との勉強会も開かれている。斉藤さんは「たつのともぜひ連携したい」と意欲的だった。
 翌日の演奏会は、函館在住の声楽家細谷悦子さんが企画した。トラピストの小山昭神父(2019年に87歳で死去)と長年親交があり、露風の歌曲の普及に尽力してきた。
 見どころは、タルシス修道士が露風の詩に曲を付けた「野茨(のばら)の教(おしえ)」だ。山田耕筰との名コンビによる「野薔薇(のばら)」とほぼ同じ詩だが、大正時代の歌曲集が絶版となって歌う人のいない「幻の歌」となっていた。
 合唱は地元・遺愛女子中高音楽部が担当。細谷さんの娘で声楽家の佐藤朋子さんが指揮した。
 ♪のばら のばら 蝦夷地(えぞち)ののばら 人こそ知らね あふれさく-。タルシス版は明るいシンプルなメロディーで、現代人には耳なじみがいい。
 「のばら」とは、北海道のシンボル「ハマナス」のこと。露風は人目に付かなくても咲く花に崇高な美しさを感じたのだろう。最後は「赤とんぼ」を出演者全員が大合唱。観客もマスク越しに口ずさみ、100年前に思いをはせた。
 元函館市商工観光部長で石川啄木研究家の桜井健治さん(75)とも会場で合流した。「啄木は函館に4カ月滞在しただけだが、露風は近郊に4年もいた。もっと注目されてもいいはず」。桜井さんの言葉に大いにうなずいた。