八千草薫さんの内面描く 小磯良平の油彩画「婦人像」

2020/05/09 12:35

神奈川・逗子の小磯アトリエでの小磯良平と八千草さん(1955年、提供写真)

 神戸市立小磯記念美術館(同市東灘区)は、新型コロナウイルスの影響で5月31日まで臨時休館中だが、収蔵品による「小磯良平作品選1」を企画している。注目は、昨年他界した女優八千草薫さんがモデルの油彩画「婦人像」(1956年)。小品ながら肖像画の名手、小磯の腕のさえが見て取れる。(堀井正純) 関連ニュース 小磯の名画「化粧する舞妓」モデルの女性、30年ぶりに絵と再会 神戸 神戸で「至高の小磯良平」展 実業家の収集品基に 神戸市で新たに52人感染 新型コロナ

 制作当時、八千草さんは25歳。宝塚歌劇団のスターで、プッチーニのオペラを基にした日伊合作映画「蝶々(ちょうちょう)夫人」(54年)ではヒロインを演じた。「婦人像」は、小磯が東京都世田谷区の八千草さん宅を訪ねて筆を執り、プレゼント。八千草さんの自宅居間に長年飾られ、没後の今年2月、同館へ遺贈された。
 小磯による八千草さんの肖像画は3点が知られている。売れっ子女優で忙しく、短時間しかモデルに時間をさけなかったためだろう、いずれも素早い筆致で、未完成作のようにも見える。
■投票で1位に
 「婦人像」を手掛ける前年の55年、神奈川・逗子のアトリエで描いたのは、和服姿でほぼ正面向きの上半身像。雑誌「週刊朝日」からの依頼制作で、「映画の蝶々さんにふんした日本髪姿を希望していたがかなわなかったようだ」と同館の多田羅珠希(たたらたまき)学芸員は解説する。
 同誌では、51年から8年間、小磯のほか、東郷青児や三岸節子ら、著名画家たちによる女優やバレリーナらの表紙絵を載せ、読者投票で順位を競う「表紙コンクール」を実施。八千草さんの表紙絵は、56年2月5日号に掲載され、投票では2位以下を大きく引き離しトップに輝いた。
 「小磯の絵の魅力はもちろん、八千草さんの人気がすごかったのだろう」と多田羅学芸員。原画は、抽選で読者へプレゼントとされ、現在は所在不明というが、「今回の展示などをきっかけに出てきたら」と期待する。
 小磯は「週刊朝日」の表紙絵として、ほかに女優の冨士真奈美さん、淡島千景さん、若き日の上皇后美智子さまも描いた。今回、会場には、資料として「週刊朝日」の現物も多数展示する。
 表紙絵企画のための下絵とみられる八千草さんの肖像画も同館は所蔵する。正面ではなく、いわゆるスリークオーター、半横向きの絵で、衣装は同じ柄の紺の着物にピンクの帯。少し緊張した面持ちにも見える。
■再挑戦
 一方、新しく収蔵された「婦人像」は白いブラウスに赤いカメオのブローチの洋服姿。八千草さんの回想によると、小磯から「もう1枚、あなたのために描いて差し上げます」と連絡があったという。表紙絵のできばえに満足できず、再挑戦したかったようだ。
 自宅だったため前回よりリラックスできたのかもしれない。「こちらの絵の方が、少し憂いを帯びた表情でモデルの内面を感じさせる。和服姿の絵は女優としての八千草さん。こちらは素顔の八千草さんでは」と多田羅学芸員。清楚(せいそ)さの中に秘めた強さのようなものも感じさせる。
 実際、八千草さんは生前の取材で、表紙絵と比べ、この絵について、「(こちらが)本当の自分だと思います」と打ち明けている。巨匠・小磯は、肖像画を通し、女優の本質へも迫ろうとしたのだろう。
 「小磯良平作品選1」は7月12日まで。同館TEL078・857・5880

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