「青空みたいな人」「“無為”だから続いた」横尾忠則さんら寂聴さん偲ぶ 阪神・淡路に「神も仏もない!」
2021/11/11 23:18
作家の瀬戸内寂聴さん=2013年12月、神戸市灘区原田通3、横尾忠則現代美術館
 親交があった兵庫ゆかりの著名人らも、瀬戸内寂聴さんの死を惜しんだ。阪神・淡路、東日本大震災では被災者支援にも尽力した。
          
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 半世紀の交友があった兵庫県西脇市出身の美術家、横尾忠則さん(85)は「何でも言いたいことが言え、目的や大義名分がない“無為”な関係だからこそ、長続きしたのかもしれない」と語る。訃報が届く前の9日朝、不意に瀬戸内さんがいなくなった感覚に襲われたといい「来年5月の100歳の誕生日を迎えてほしいと思っていたけれど。本人もそのつもりだったのではないか」と思いをはせた。
 1995年1月の阪神・淡路大震災後は、瀬戸内さんらが「阪神・淡路震災復興支援10年委員会」に参加。発起人となった建築家の安藤忠雄さん(80)は「自由奔放、天衣無縫な人で、周りを元気にしていた」と振り返る一方、「さまざまなことを深く考える人だった。今頃、あちらから日本の状況を心配しているかも」と話した。
 同年9月には神戸市東灘区の六甲アイランドで、仮設住宅の住民ら約500人を前に「青空対話」をした。携わった中村順子さん(74)=現NPO法人コミュニティ・サポートセンター神戸理事長=は「彼女こそが青空みたいな人だった」と話す。瀬戸内さんが「こんな災害、神も仏もないじゃないですか!」と声を掛け、被災者が次々と手を挙げて心の内を語ったという。
 2011年の東日本大震災の後は、岩手県の寺社で法話をし、避難所で被災者の肩をもんだり体をさすったり。つらい体験に耳を傾けて一緒に涙を流した。
 12年9~12月には姫路文学館(兵庫県姫路市)で、卒寿記念展が開催された。講演には応募が約6千人と殺到。学芸員の玉田克宏さん(62)は「抽選に外れたファンも詰め掛け、感激されていた。“原発反対”の活動を続ける覚悟を語った言葉が忘れられない」と話した。