侵攻直前「守るために」結婚、緊迫の出国 大使館で邦人退避担った外大生「妻の故郷ウクライナに平和を」
2022/05/31 17:00
ウクライナの首都キーウの公園を散策する渡谷奏一郎さんとオレクサンドラさん=2021年2月(渡谷さん提供)
神戸市外国語大ロシア学科4年の渡谷(わただに)奏一郎さん(25)=神戸市長田区=は、在ウクライナ日本大使館に在外公館派遣員として2年間勤務した。ロシアによる侵攻時は邦人退避を促し、3月に帰国。侵攻される直前に現地で結婚したオレクサンドラさん(22)とともに「変わり果てた町の姿を見るのは心が痛い。一刻も早く平和が戻ってほしい」と願う。(古根川淳也)
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在外公館派遣員は、原則2年の任期で大使館などの事務を補佐する。現地語の新聞や雑誌を読み、その言語で説明できる程度の語学力が求められる。
渡谷さんは3年生の後期から1年間ロシア・サンクトペテルブルクの大学に留学。帰国後休学し、ロシア語を話す人も多いウクライナを選んで、2020年3月から首都キーウの日本大使館に派遣された。
ウクライナでは14年にロシアがクリミア半島を併合し、東部では政府軍と親ロシア派武装勢力との紛争が続いていた。しかし国内は全般的に落ち着いており、黒海沿岸の港町オデッサなどを訪ねて四季の自然美に触れた。親日的な人が多く、渡航して半年ほどでキーウに暮らすオレクサンドラさんと出会った。
外交を下支えする仕事にやりがいを感じ、生活も充実していたが、昨年12月上旬ごろからロシア軍がウクライナ国境に集結していると報じられた。年が明けると米国などが大使館員の家族らの国外退避に着手し、日本政府も1月24日に危険情報をレベル3(渡航中止勧告)に引き上げた。
渡谷さんが心配したのはオレクサンドラさんのことだった。戦争になったとき、守るためにはすぐ一緒に出国できるよう結婚するしかない。思い切ってプロポーズし、2月2日にオデッサで式を挙げた。
大使館は、在留邦人約250人に電話して避難を要請した。しかし反応は人それぞれで、現地住民の間でも「クリミア併合から8年もたち、いまさら侵攻はないだろう」という楽観論が広がっていたという。
2月中旬には大使館に少数の幹部を残し、館員は隣国ポーランドに退避。渡谷さんもオレクサンドラさんと出国し、電話で避難を呼びかけ続けた。
ロシア軍はついに2月24日早朝に侵攻を開始した。キーウに残っていたオレクサンドラさんの家族も避難したが、姉と2人の子はポーランド行きの列車にすぐ乗れず、国境で13時間待たされた。車で避難した両親は西部の都市で1カ月間ホテル暮らしを強いられた。
派遣員としての任期を終えた渡谷さんは3月半ばに帰国。「日本政府の支援で修復したドンバス地方の音楽学校もロシア軍に破壊された。これまでの大使館員の苦労や努力を思うと許せない」。緊迫の日々を振り返り、「戦争でロシアが成果を得れば、他国でも同じ動きが出る。ロシアの行為を認めてはならない」と語気を強める。
ともに暮らすオレクサンドラさんはこう訴えた。
「私は幸運にも避難できたが、この戦争で死んでいく同胞のことを思うと冷静でいられない。ロシアに制圧されたマリウポリや民間人が殺害されたというブチャの恐ろしい出来事を日本でも知ってほしい」
渡谷さんは今年の後期から復学し、卒業論文ではクリミア併合以降の動きを踏まえ、今回の戦争を考察するつもりだ。