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「ロシア軍侵攻」の日とされた16日のウクライナ西部、リビウ市内。岡部芳彦教授によると、市民らは普段通りの生活を送っているという(岡部教授提供)
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「ロシア軍侵攻」の日とされた16日のウクライナ西部、リビウ市内。岡部芳彦教授によると、市民らは普段通りの生活を送っているという(岡部教授提供)
緊迫するウクライナ情勢について解説する岡部芳彦教授=神戸市中央区港島1、神戸学院大ポートアイランドキャンパス
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緊迫するウクライナ情勢について解説する岡部芳彦教授=神戸市中央区港島1、神戸学院大ポートアイランドキャンパス

 ロシア軍は24日、ウクライナに侵攻した。この状況に至ったきっかけは、そしてロシア側の思惑は何なのか。そもそも、ウクライナとはどんな国なのか。ウクライナ研究の第一人者である岡部芳彦神戸学院大教授に聞いた。(注:取材はロシア軍侵攻前に行いました)

■ソ連崩壊により1991年に独立

 -日本人が持つウクライナのイメージは、極めて限定的なように思います。旧ソ連の崩壊によって独立し、原発事故があったチェルノブイリがある国。出身者で浮かぶのは、欧州で活躍した元サッカー選手のシェフチェンコ、若い世代ならユーチューバーのサワヤン兄弟ぐらいでしょうか。

 「特徴を簡単に説明しますと、国土は日本の約1・6倍で、欧州ではロシアなどに次ぐ面積です。東側でロシアと接し、南側は黒海に面しています。人口は4000万人超。主産業は農業ですが、ITも伸びており、通信アプリ『WhatsApp(ワッツアップ)』の開発者はウクライナ出身です」

 「ウクライナの文化は、ほとんどが東側に広がるロシアを経由して日本に伝わってきました。ですから、日本人がロシア発祥だと思っているもの、例えば料理の『ボルシチ』なんかは、実はウクライナの料理なんです。コサックダンスもそう。ウクライナの伝統舞踊で、国歌にも『われらコサックの子孫』という歌詞があります」

 -ウクライナは、かつては旧ソ連領でしたが、ソ連崩壊によって1991年に独立したんですよね。

 「はい。政治基盤が脆弱(ぜいじゃく)な中央アジアの各国のように、独立後も親ロシア路線を選ぶ国もありましたが、ウクライナは違いました。かといって、反ロシアというわけでもなく、経済的な結び付きも依然として強かったのです。この状況が、2014年に一変します」

■ロシアへの依存度下げ

 -2014年といえば、ウクライナで政変があった年ですね。親ロシア色を強める政権に対する大規模な反対デモがあり、親欧米の暫定政権が発足しています。

 「この政変を受けて、ロシアはウクライナ領土のうち、ロシア系の住民が多く住む南部のクリミア半島に攻め入ると、一方的に自国の領土であると宣言しました。この『クリミア占領(併合)』と、同時期のウクライナ東部紛争によって両国の亀裂は決定的なものとなります」

 「経済圏の軸足はロシアから欧米など西側諸国に移すようになりますが、大きかったのがエネルギーです。2014年までは、ロシアから供給される天然ガスに頼っていましたが、完全にゼロとはいかないまでも、依存度をかなり下げました」

 「EU(欧州連合)に加盟する各国は、ロシアからの天然ガスに頼っています。そういった国には通用する『供給を止めるぞ』というロシア側の脅しが、ウクライナには利かなくなったのです」

■大人気テレビマンだった大統領

 -2014年の「クリミア占領」による決裂後、今回の事態に至るまで、国際問題に発展するような情勢の悪化はなかったんですか。

 「この間も、ウクライナ東部で小規模な武力衝突は起きていましたが、アメリカなどを巻き込むまでには至っていません。その要因の一つに、大統領の交代があります」

 「2019年に就任した現任のゼレンスキー氏は、政治の刷新を掲げて支持を集めました。そんな経緯もあり、国会議員の不逮捕特権をなくすなど内政に重点を置いたため、ロシアとの関係もそこまで悪化しなかったのです」

 -ゼレンスキー氏は、国民に向けて「パニックに陥る理由はない」と述べるなど、努めて冷静に振る舞っているように見えます。どんな人物なのですか。

 「政治経験も軍人経験も一切ありません。芸能プロダクションの代表で、ウクライナで大人気のテレビ番組の制作に関わり、自分も出演していました。日本の番組に例えるならば、時代劇の『水戸黄門』を制作し、さらに主役を務めながら、バラエティーの『めちゃイケ』にも登場するような感じでしょうか。政治風刺やロシアとの関係を揶揄する番組も多く手掛けていました」

 「大統領選への立候補も、自分のテレビ番組で表明したぐらいです。実際に大統領になった時のウクライナ国内の衝撃は、トランプ氏が大統領に就いたアメリカ以上のものがあったと思います。ただ、就任後はフレンドリーな性格と、内政改革の手腕などによって一定の評価を得ています」

■鮮明になった対ロ路線

 -そんなゼレンスキー氏が大統領で、なぜロシアとの関係が急速に悪化したのでしょうか。

 「就任から2年ほどがたち、安定期に入ったと考えたのか、2021年の初頭からロシアに対して強硬的な姿勢を打ち出すようになりました。具体的には、『占領されたクリミアを取り戻す』と国内外にアピールしたのです。EUやNATO(北大西洋条約機構)への加盟に向けて、より積極的に動くようにもなりました」

 「ロシアからすれば、西側諸国の勢力範囲が、自国と国境を接するウクライナまで広がるのを許すわけにはいきません。ただ、天然ガスの供給停止というカードは通用しない。そこで、国境地帯への軍隊の集結という武力で圧力をかけてきたのでしょう」

 -ここまでの話を聞くと、あくまでウクライナとロシアの2国間の関係のように思えます。なぜ、アメリカなど西側諸国も加わる国際問題に発展したのですか。

 「ロシアが、ウクライナによるNATOへの加盟意向を派兵の理由に挙げたからです。ウクライナは、どちらかと言えばEU加盟の方が優先度が高いのですが、ロシアからすれば、他国の経済的な連携に口を挟むわけにはいかない。一方で、自国の安全保障にも関わってくる軍事的な結び付きのNATOを持ち出せば、盟主であるアメリカを引っ張り出してこられると考えたのではないでしょうか」

 -実際の動向を見ると、結果的にアメリカなど西側諸国もウクライナ問題に関わるようになりました。

 「それこそが、ロシアの狙いだったのだと考えます。EUにしてもNATOにしても、紛争国の加盟を認めないという暗黙のルールがあります。国際的な関心が高まれば、ウクライナは『ロシアとの紛争国』として世界に発信し、加盟を阻むことができる。そもそものきっかけはロシアにあるわけで、完全なマッチポンプですが」

■米ロの情報戦

 -では、ロシアとしては、本気でウクライナに侵攻しようとは考えていないということですか。

 「戦争は、人間が起こすものです。ロシア側の主張も、プロパガンダ(政治宣伝)が目立つばかりで、本心が読み取れません。各国の専門家の分析も割れていますが、ここ数日の動きを見ると、危機は高まっているように感じます」

 「東部ウクライナで、ロシア軍の支援を受ける親ロシア派の武装勢力が砲撃を繰り返しているのです。これは、ウクライナ軍への挑発だけでなく、情勢を悪化させて、ロシアの関与をさらに引き出す意味合いもあるのでしょう」

 「ウクライナは2014年以降、軍備を増強しており、陸軍兵力でいえば、欧州ではロシア、フランスに次ぐ規模があります。もし本格的な戦闘になれば、ロシア側も、展開しているとされる十数万人の部隊ではとても足りず、さらに相当な被害を受けることになることは分かっているはずですが」

 -実際には動きがありませんでしたが、2月16日にロシアがウクライナに侵攻するとの情報が流れました。

 「何らかの根拠はあったのでしょうか、あくまでアメリカの見立てに基づく情報です。侵攻するとされた16日、ロシアの広報官は、何の動きもないことを強調し、『(アメリカが)また日付を指定したら、私はその日に休みをとる』と話しました。真偽はともかく、部隊の一部撤収も発表しており、『アメリカが勝手に言っているだけ』という印象を国際的に植え付けようとしているのかもしれません。何もしないことでアメリカの信頼を落とせるのならば、ロシアにとっては好都合ですから」

 「今回、一連のウクライナ情勢で、アメリカ側は積極的に情報を出して、ロシアをけん制しているように感じます。その背景にも、2014年のクリミア占領などがあると見ていいでしょう。当時も、アメリカはかなりの情報を持っていたと思われますが、出さないという判断をして、結果的に国際的な問題に発展せず、ロシアの侵攻を許した。その教訓があってのことだと思います」

 -ウクライナの一般市民も、緊張感は高まっているのでしょうか。

 「それが、私が聞く限りでは、表向き、それほど高まっていないようなのです。というのも、先ほども触れた通り、これまでも東部の国境地帯で小規模な衝突が起きているため、その延長のように捉えているのでしょうか。情勢悪化が顕著になった1月下旬から2月初旬の国内の主要ニュースも、国家反逆などの疑いをかけられている前大統領の裁判でした」

■日本にできることは

 -情勢の安定に向けて、日本にできることはありますか。

 「G7の主要7カ国のうち、日本だけがEUにもNATOにも加盟していない。立場だけを見れば、ウクライナとロシアを取り持つことができる唯一の存在と言えるでしょう。ロシアの近隣国であるからこそ、積極的に働き掛けてほしいと思います」

 「ウクライナの人たちはみな陽気で、街並みも非常に明るく美しい。そんな国が、破壊されるような危機にひんしているというのは非常に悲しいですね」

(聞き手・小川 晶)

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