夏の甲子園に初出場 社高野球部を鼓舞してきた校長は、五輪代表も育てた陸上界の名将
2022/09/04 05:45
1965年の体育科設置から半世紀以上。関係者の悲願だった夏の甲子園出場を果たし「多くの方々に喜んでいただいた」と相好を崩す若浦直樹校長=神戸新聞社(撮影・秋山亮太)
今夏の全国高校野球選手権大会に、兵庫代表として創部74年目で初出場を果たした社(兵庫県加東市)。惜しくも2回戦で敗退したが、堂々の夏1勝を挙げた選手たちを鼓舞してきた若浦直樹校長(59)は、指導者として五輪代表も育てた陸上界の名将だ。新型コロナウイルス禍に入学し、さまざまな制約を受けてきた世代が最上級生として迎えた晴れ舞台。最後に花を咲かせたナインが躍動する姿を万感の思いで見守った。(大原篤也、尾藤央一)
関連ニュース
延長十四回、社の福谷が両脚つる…好敵手が激励「お前は社の顔、最後まで戦えよ」
社高校の号泣マネジャー、SNSで感動呼ぶ 甲子園出場決め「感情が爆発」
全国高校野球、夏初勝利に「いつも通りのプレーしてくれた」 社ナインたたえたOBたち
7月28日、夏の甲子園出場権を懸けた神戸国際大付との兵庫大会決勝は延長タイブレークにもつれる大接戦。延長十四回に社が3点を挙げ、迎えたゲームセットの瞬間、若浦校長の目からうれし涙があふれた。
「多くの観客に見守られながら堂々と行進する選手を見て、感極まりました。とうとうやりました…」。同校ホームページ(HP)に随時掲載している写真付きのコラム「校長室から」。夏の甲子園初出場を決め、若浦校長は多くの新聞記事などとともに、喜びの胸中をしたためた。
2019年春に校長として赴任。直後から社の「広報部長」を自任し、これまでに200本以上の「校長室から」を掲載してきた。翌年から新型コロナの感染が急拡大し、学校運営は混迷を極めた。同校には県内の県立高校で唯一の体育科があり、約90人の男子生徒が寮で共同生活を送る。部活動で活躍し、将来はトップアスリートや指導者を目指す生徒も多い中で、「ベスト4の壁」を突破できない硬式野球部への思い入れは強かった。
昨夏の兵庫大会も準決勝で関学に逆転負けし、初の決勝進出を逃した。その2日後、新チームで始動したばかりの硬式野球部ナインに「シナリオをつくることが大事」と説いた。簡潔に言えば、翌春の選抜大会出場を具体的にイメージすること。出場校を決める1月末の選考会当日を念頭に、若浦校長は「校長室で(選抜大会出場を伝える)電話を取る」心の準備ができていることを伝えた。その上で、ナインには「グラウンドで帽子を投げて喜びを爆発させる」瞬間を想像してほしいと訴えた。
秋の県大会で勢いに乗った社は悲願の初優勝。しかし、続く近畿大会1回戦は近江(滋賀)を相手に九回2死まで2点のリードを奪いながら、満塁走者一掃の逆転タイムリーを浴びた。翌春の選抜大会出場の夢がついえたナインに、若浦校長は「この試合をターニングポイント(転機)にしてほしい」と呼びかけた。
◇ ◇
■3年生全員と面談、信頼育む
指導者として選手との対話を重視してきた経験から、3年生との全員面談を続けている。「生徒との距離を大切にしたい」との思いから始めた取り組みだ。硬式野球部の選手とも腹を割って進路や部活動のことを話し合った。ある選手が「不安な顔をしている選手に声をかけるのが難しい」と打ち明けると、「同じ部内でも直接は言いづらいこともある。自分が緩衝材となって解決できる」と若浦校長。山本巧監督とも意思疎通を図って当該選手らにその思いを伝えるなど、直接言えないことのクッション材の役目を担うこともあった。
面談でのやりとりを重ねると、自然と信頼関係が生まれる。陸上指導で学んでいたテーピングを選手から頼まれることもあった。今夏の兵庫大会の期間中に左足に張りを感じた芝本琳平投手には準決勝と決勝の試合前、太ももにテープを巻いた。「一種のおまじないみたいなもの。陸上の大会前に緊張している選手にもよくお願いされたな」と長年指導者として培った経験を生かした。
今夏の全国高校総体(インターハイ)陸上では男子円盤投げで山口翔輝夜(ときや)選手が優勝するなど、社は男子学校対抗得点のフィールド部門を制した。甲子園出場決定後から各種行事をこなしながら、インターハイ会場にも足を運んだ若浦校長。真っ黒に日焼けした顔で「コロナで失われたものもあったけど、この3年で自分で考える生徒が増え、成長が目に見えて実感できるようになった」と振り返った。
【兵庫県立社高校】1913(大正2)年、小野実科高等女学校として創設、48年から現校名。普通科、生活科学科のほか、兵庫県立高校唯一の体育科があり、広大な敷地に野球場や陸上競技場、トレーニングセンターなどを整備。部活動が活発で、陸上部は県内トップクラス。校内には寄宿舎「東雲(しののめ)寮」もある。生活科学科では食品開発を通じた地域交流を行うなど、特色ある教育を実践している。卒業生にプロ野球の阪神・近本光司選手や楽天・辰己涼介選手、歌手のトータス松本さんら。
【わかうら・なおき】 神戸市出身。神戸高から筑波大を経て保健体育科教諭に。陸上指導者としては長田高時代の2001年に全国高校総体(インターハイ)男子1600メートルリレーで優勝したほか、07年には女子走り幅跳びで中野瞳さんが6メートル44の日本高校記録をマークした。12年ロンドン五輪男子マラソンに出場した山本亮さんも教え子。