愛称は「守安重工」鉄腕35歳の守安引退 完投に次ぐ完投、絶対的エースとして君臨 社会人野球・三菱重工West
2022/11/14 19:55
引退登板を完投勝利で飾り、仲間に胴上げされる三菱重工Westの守安(中央)=明石市明石公園、明石トーカロ球場
日本の社会人野球を代表する右腕、三菱重工West(神戸市・高砂市)の守安玲緒(35)は、ファンの間で「守安重工」と呼ばれるほど、絶対的エースとして長くマウンドに君臨した。登板間隔が短くても完投に次ぐ完投。現役引退を決意し、14日にあった最後の試合でも当然のように9回119球で勝利を飾り、仲間の手で宙を舞った。(有島弘記)
関連ニュース
【写真】引退試合も119球の完投勝利
いまだ出場なし…OB「屈辱に近い」 挑んで108年、甲子園の夢追う兵庫・県立伊丹高
野球を愛しファンに愛された背番号42 ヤクルト坂口の恩師が引退試合に涙「“グッチ”ありがとう」
明石トーカロ球場(明石市明石公園)であった兵庫県知事杯争奪社会人・大学大会の対神戸大戦。守安は立ち上がりに3点を失ったが、中盤から直球が走り出し、8三振を奪った。九回、味方の押し出し四球によるサヨナラ勝ちで公式戦通算62勝目を挙げた。
大学卒業後、13年に及んだ社会人野球生活。実は、自ら引退を決断したわけではない。
10月下旬。日本選手権の開幕前に1学年上の津野祐貴監督からクラブハウスに呼び出された。「お前と俺との関係性だからはっきり言わせてもらう。今年で引退してもらう」。2010年の入社以来、共に汗を流してきた指揮官は、守安の投球にかつての力がないことを見抜いていた。「ずっと一緒にやってきた監督に言われら仕方がない」。右腕はその場で受け入れた。
今季の前半は好調だった。19年から務めたコーチ兼任を外れ、4月の公式戦では優勝に貢献。だが、7月の都市対抗大会後、新型コロナウイルスに感染した。状態を上げようともがいたが、最後の大舞台になるはずだった日本選手権はベンチからも外れた。
11月に入り、引退が報じられると、「守安重工」が一時ツイッターのスポーツ部門でトレンド入り。ファンから惜別の書き込みが相次いだ。
■「守安降板=敗退」
プロ入りを目指した入社当初は最速149キロの本格派だったが、入社5年目のキャッチボールをきっかけにスタイルを一新した。
「ちょっと動きを変えるとコントロールしやすくなり、力まずにいいボールを投げられた」。最速は140キロ前後まで落ちたが、切れのある直球で打者を打ち取った。エースの地位を不動とし、野間源生マネジャーは「大事な試合は守安。マウンドを降りたら負けを意味した」。17年の日本選手権では延長十六回、181球を投げ抜き、勝利に導いた。
引退試合を含めて勝ち越しは「26」を数えるが、印象深いのは負け試合という。中でも、初優勝が見えた18年の都市対抗大会決勝。相手は大阪ガスで、現プロ野球阪神の近本光司(社高-関学大出身)が在籍していた。徹底マークした難敵を無安打に封じたが、八回に別の打者に先制打を許した。「映像がまだ頭の中にある」。投げた瞬間から打球がセンターに抜けるまで全てを覚えている。
■愛社精神
チームを高みに導くため、守安は投球の正解を求めてきた。「勝つ確率を上げる方法を年を重ねるごとに見つけられたが、道半ば」。コーチ兼任中も森翔平(広島)、八木彬(ロッテ)の両投手をプロに送り出す一方、シュートの取得に挑戦。引退試合でも使い、「こんな動きをするのかと発見があった。ピッチングは楽しい」と少年のように瞳を輝かせた。
現役生活13年。三菱重工の看板を背負ってきた。「会社の期待に応えたい。明るい話題を提供したいという思いだけで投げてきた」。社会人野球の王道を歩んだ鉄腕がマウンドを去った。(有島弘記)
【もりやす・れお】大阪市出身の35歳。愛知・菊華高-富士大を経て2010年に三菱重工Westの前身、三菱重工神戸入り。準優勝した18年の都市対抗大会で久慈賞(敢闘賞)に輝く。14年社会人日本代表。右投げ右打ち。182センチ、80キロ。