深ヨミ

(1)始まりは突然に

2021/05/01 13:00

1始まりは突然に




 「明日って暇?」


 3月4日午後8時24分、ほとんど使うことがない携帯メールアドレスに、見知らぬアドレスからメールが届いた。


 アドレスはアルファベットと数字が無意味に並んだもので、ドメインは@au.comとなっている。私(47・男性)は無視した。だが、翌5日の午後8時17分、同じアドレスからメールが来た。


 「電話できる?」


 こういうアドレスの知人がいることを思い出した。私は軽い気持ちで「このアドレス、〇〇〇?」と書いて返した。10分後、メールが返ってきた。


 「あれ? 宛先間違ってますか? 知人の男性に送っているつもりなのですが、あなたは男性ですか?」


 この文面に覚えがあった。数カ月前、見知らぬアドレスから「同窓会のことで連絡をください」というメールが私の知人に届き、知人が戸惑いの返信を返すと「あれ? 間違えて送ってしまったかも。女性の方ですよね」という返事が来た。


 それを聞いた私は、それが何らかのだましメールの典型的な手法であり、ほとんど同じような文面があまたのネットサイトやブログなどで報告されていることを知った。やりとりの最初に「男性か女性か」を執拗に確認しようとする点に特徴がある。


 だが、ネットでは、このメールがだましであることは盛んに書き込まれているが、最終的に何を狙うものなのかについては情報が少なかった。そして、3月4日、私にもそのメールが届いた。


 世間では、こうした文面のメールは数年前から確認されているが、例えば最近スマホデビューした人が知らずにだまされることもあり得る。私は、このメールを真に受けた善良な市民を装い、おとり調査を始めることにした。



2 その名は「小松桃」




 おとりとなるためには、自然にだまされたふりをしなければならない。初手が肝心である。「男性ですか?」というメールに、私(47)は慇懃(いんぎん)に返信した。


「すみません、登録していない知り合いかと思ったら、間違いメールだったのでしょうか。先ほどのメール削除ください。失礼しました」


 間違いメールの相手に性別を教える理由はなく、普通ならこれで終わりなのだが、翌6日午後0時54分、予想通り、相手からメールが来た。


 「失礼ですが個人情報の問題があるので先に誤送信か確認したいです。なのでお聞きします。男性の知人に連絡しようとしたのですが、あなたは男性ですか?」


 自分で間違っておいて本当に失礼だと思うが、ここで怒ってしまってはおとり調査は成り立たない。約1時間後、私は返信した。


 「男性です。私は未登録の個人の方にアドレス教えることないので誤送信かと思います」


 女性でも良かったが、私のメールアドレスは単に本名をローマ字にしただけで、男性であることはほとんどバレているため、正直に伝えた。すると30分後、早速メールが返ってきた。


 「私、小松桃って言います。すみません、知人と間違えてメールをしてしまいました。知人とは連絡が取れました、ありがとうございます。これも何かのご縁ですし、少しお話しませんか?」


 想像の通り、相手が男性なら女性、女性なら男性となって、異性間交流に持ち込むもくろみのようだ。ここは素直に、相手の狙いにはまらなければならない。


 「連絡取れたようで何よりでした。しがない30代ですけど、よろしければメールしましょう」


 年齢に少しサバを読み、おとり調査は開始された。



3 品川vs三木




 「小松桃って言います。これも何かのご縁ですし、少しお話しませんか?」


 名前から想像するに、いかにも若い女性だ。今時の若い女性が「明日って暇?」と聞けるほど近しい知人の携帯メールアドレスを手打ちして送信するなど想像も付かないが、それでもだまされてしまうところに、人の世の奥深さがある。


「よろしければメールしましょう」


 私(47)が承諾を告げたのは3月6日午後4時45分。その1時間半後、返信が来た。


 「思う事はあるでしょうが、何はともあれ相手を知るのが大切だと思うのでメールを始めてみるのがいいと思うんです(*^^*) 私の事は桃って呼んで下さい(^_^) 仲良くなりたいので敬語は無しでいきましょう!あなたのお名前も教えて頂けますか?」


 異性モードで一気に寄せて来た印象だ。確かに思う事はあるが、こちらも名前を告げないわけにはいかない。名前は完全偽名としたいところだが、名前そのままのメールアドレスである程度バレているため、名前から頭二文字を取ることにした。


 「よろしくお願いします。私のことは〇〇と呼んでください」


 午後10時半、このメールを送った。翌7日午前11時52分、返信が来た。


 「じゃ〇〇さんで携帯に登録しておくね!私の連絡先も携帯に桃って必ず登録しといてね(^_-) 私は東京の品川に住んでるんだけど、〇〇さんは何処に住んでるの?」


 東京都品川区と言えば、一極集中が進む東京にあっても最高ランクのセレブ居住地だ。はやりの「ロマンス詐欺」に持ち込むつもりか。あるいは、個人情報を小出しにさせて収集し、何かに悪用するつもりなのか。だが、そうはさせない。私は本当の情報を伝えるつもりはさらさらないのだ。


 「品川って、すごいところに住んでるんやね。私は兵庫県の三木市に住んでるよ」


 三木市としたのは都会人ではないという意図だ。三木の皆さん、申し訳ありません。



4 虚構の応酬




 東京都品川区に住むという「小松桃」。三木市に住む30代男性を名乗った私(47)に、7日午前11時52分、返信があった。


小松桃「兵庫だったんだね、仕事で何回か行ったことあるよ☆ ちなみに私は広告代理店に勤めてるんだけど、〇〇さんはどんなお仕事してるのかな」


 私「私は建設関係の事務をしているよ」


 小松桃「建設関係の仕事だったんだね! 私は仕事中…なんか最近仕事ばっかりしてて疲れちゃったよ(^_^;) 〇〇さんはお休みの日は何して過ごしてるの?」


 私「広告業界は過労が問題になっているので気をつけてね。私はフットサルのチームに入っていて、休みの日は練習してます」


むろん、建設関係の事務も、フットサルの趣味も事実ではない。


 小松桃「結構アクティブなんだね☆ ちなみに私の休日の過ごし方は趣味のヴァイオリンと料理かな☆ 特に料理は大好きだよ(^_^) 〇〇さんは好きな料理なに?」


 私「趣味はバイオリンなんて素敵だね。私は一人暮らし歴15年ぐらいなので、料理は自分で作ることが多いかな。ところで、桃さんは何歳ぐらいの人なのかな?」


 小松桃「私は27歳だよ~! でもバイオリンって言っても趣味程度だよ☆ 私ね、私が幼い頃にお母さん亡くなって家政婦さんが料理色々教えてくれたんだ。だから料理が趣味になっちゃったよ。家政婦さんっていうと驚くかもしれないけど面白い事情なんだ、聞いてくれる?(笑)」


 5時間ほどの間に、4往復のやりとりがあった。品川暮らし、広告代理店勤務、趣味はバイオリンの27歳。基本的に質問で終わる「小松桃」のメールは、会話をつなぐことに重点が置かれているとみられる。そして、こちらからの回答には申し訳程度に反応するのみで、ほとんど取り合う気はない。



5 「詐欺メールのやつ」




 さて、「小松桃」は初期のメールで「私の連絡先も携帯に桃って必ず登録しといてね」と告げた。ここは思案のしどころである。「桃」と登録して、この私用メールのやりとりを他人に見られた場合、どうなるか。おとり調査とはいえ、私生活に誤解を招くのは必定である。そこで私(47)は「詐欺メールのやつ」として登録した。これなら一目瞭然で誤解を招くことはない。


 3月8日も「小松桃=詐欺メールのやつ」とのやりとりは続く。高2で母親が亡くなり、家政婦が来た「面白い事情」の説明らしい。


 「父さんが仕事人間で高2ぐらいから一人暮らしして家政婦さんが毎日きてたんだ。せめてもの義務だと思ったのかもね。お父さんとは今でも仲いいけど変わった人でしょ?(笑)」


 面白くもないし、お父さんは変わった人でもないが、おとりとしてここは受け止めよう。


 「いろいろ苦労があって、今、品川に住んで広告代理店に勤めているわけだね」


 半時間後、返信が来る。


 「でもお父さんの事、尊敬してるんだ。仕事にまっすぐで絶対に妥協しない人だから。お父さんから言われた忘れられない言葉があるんだけど聞いてくれる?」


 「どんな事が起きても最終的には人と人なんだから解決できないことはない。人の縁というものを大切に生きなさい、って。だから今回の事も特別に感じちゃったのかもしれない」


 もし、この言葉を別の場面で聞いていたら、違う印象を持ったに違いない。だが、「詐欺メールのやつ」にこの言葉を聞いても、全く胸に響かない。断定はできないが、この「小松桃」のメールは、東京辺りのチンピラの兄ちゃんが悪い組織の指図の下、何らかのマニュアルを基に書いているに違いないのである。


 だが、ここで素に戻っても意味がない。私は返信した。


 「その通り、人の縁は大事にしないとね」



6 煮え切らない展開




 「小松桃=詐欺メールのやつ」とのメールのやりとりも3月8日で5日目に入る。だまされているふりをするため、入れ込んだ様子で即座に返信するものの、おとり調査としてはそろそろ話が狙い(詐欺)の方向へ展開してほしいところだ。その気配がない中で、私(47)は小松桃の嘘くさい近況説明や薄っぺらい思考に飽き飽きしていた。


 「なんか最近仕事に追われて疲れが抜けない(^_^;) たまには温泉でゆっくりしたいな。〇〇さんは温泉好き?」


 「温泉いいよね☆ 日帰りより泊まりでゆっくりしたいな☆ その土地でしか食べられないものとかもいいよね(^_^) お肉とお魚どっちが好き?」


 「その土地のものを食べるっていうのも良いけど旅行先の空間って非日常でいいよね☆ 旅行とか忘れられない思い出ある?」


 必ず質問で終わるのは、メールのやりとりを途切れさせないためだろう。もはや、流れの中で、個人情報を引き出そうという意図は感じない。また、今のところ、セレブ恋愛に持ち込んでお金を無心する、いわゆる「ロマンス詐欺」への展開意図も見受けられない。


 「ゆっくりしたいけれど、私はちょっと仕事残ってるから家で集中して軽く片付けてから寝るよ☆ 今日はこの辺で、また明日ね☆」


 温泉旅行などをちらつかせてで色気を見せ、誘惑を図るのかと思いつつ、午後7時、早くも本日の終了メールが入る。既に交わしたメールは15往復。相手の意図が見えない中で、いつまで続けるべきなのか。だが、翌朝、やや新展開となるメールが来た。


 「おはよう! そういえば昨日、仕事でミスをしてお父さんに電話で怒られちゃった(;^_^)A 言ってなかったと思うけど、お父さんの経営する広告代理店でお兄ちゃんと私は働いているんだよね。それでちょっと相談があるんだけど、聞いてくれるかな?」


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