革新的なアプローチでがんを攻撃する「光免疫療法」が頭頸部がんの治療に保険適用されて1年。この新しい治療法の開発者である米国立衛生研究所(NIH)主任研究員、小林久隆さん(60)に、今後の展開を聞いた。(霍見真一郎)
-保険適用から1年がたちました。臨床試験の段階と比べ、ずいぶん環境が変わったと思います。
「一般医療になったことで、医師間の情報共有がしやすくなりました。臨床試験の間は結果に影響しないよう、各医師に状況を聞くことが原則許されなかったんです。私としては、それまでにも報告が多かった痛みや腫れといった副作用を心配していたのですが、少しずつ対処法も分かってきました。治療を繰り返すことで確実にがんは小さくなるし、QOL(生活の質)が相当良くなった患者さんも多い。各病院からの症例が増えている話を聞いています。何より光免疫療法を使ってくれた医師が、またやろうと思ってくれることに大きな意味があります。保険適用になったことで、医師はほかの治療と同等に選択できるわけですから、『使える治療』と思ってくれている証しと手応えを感じています」
-患者さんの役に立っているというのはうれしいですね。
「でも、喜んでいる暇はありません。この治療法はここから先が重要なんです。免疫細胞の中には、自分自身への攻撃を抑える『制御性T細胞』というのがあり、がんはこの細胞を隠れみのとして利用しているのですが、がん周辺の制御性T細胞を光免疫療法で破壊して、免疫力を飛躍的に向上させる研究が、NIHで本格化しています。このほど制御性T細胞をターゲットとした抗体を30種類作製し、そのうちのいくつかを大量生産し始めました。現在の光免疫療法は、近赤外光を受けると化学変化を起こす特殊な物質『IR700』を、がん細胞に抗体が導いて破壊するのですが、この“運び屋”の行き先を制御性T細胞に切り替えるのです」
-そういった抗体は、これまでなかったのですか。
「抗体薬として承認されているものが、すでに存在します。もちろんそれを使っても相当な効果があると思いますし、薬事承認を受けるまでの期間も短縮できると思いますが、薬としてほかの作用を持っているために何らかの影響をもたらす可能性もあります。光免疫療法では、IR700を制御性T細胞に運んでさえくれればいいので、それだけの機能に特化したシンプルな抗体を作りました。しかも、既存の抗体よりくっつく力が強いものができたんです。うまくいけば、2022年の秋にも臨床試験に入ることができると思います」
-それによって、完治する割合がどれぐらい向上するのでしょう。
「頭頸部がんでいえば、保険適用に厳しい条件が課されていることもあって、がん細胞を破壊する現在の治療だけでは完治率は3割程度ですが、この制御性T細胞を標的とした薬と混ぜて打てば免疫が活性化し、5割以上になる可能性があります。さらに、この制御性T細胞だけでなく、チェックポイント阻害薬やほかのがん種の抗体薬も含めたターゲットの候補はいくつもあって、そちらの研究も同時に進めています。光免疫療法は現在、研究全体を山で例えれば、5、6合目の段階です。でも制御性T細胞の抗体が使われるようになれば、7合目くらいにはなるでしょう。光でがん細胞をたたいて免疫を作り、制御性T細胞という隠れみのも奪う。そこに本当の意味でのゴールがあります。そのためには、研究者の裾野を広げていく必要があると考えています」