(1)延命しない。自然に逝く

2019/06/02 09:00

「人ってね、枯れるように、楽に死ねるんよ」。大槻恭子さんはそう言って笑った=豊岡市日高町、リガレッセ(撮影・秋山亮太)

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 「死ぬって、怖い? 痛かったり、しんどかったりすると思う?」
 そう問われ、私たちは「怖いです…」と答えたものの、それっきり次の言葉が出てこない。
 豊岡市日高町にある介護施設「リガレッセ」。正式には、看護小規模多機能型居宅介護事業所(看多機)という。施設を見学した後、併設するカフェ「miso(みそ)」で運営法人の代表理事、大槻恭子さん(42)と向かい合っていた。
 2月半ばのことだ。北西に広がる神鍋(かんなべ)高原に目をやると、山肌の一部が白く雪に覆われていた。
 リガレッセは築150年ほどの古民家をリフォームし、2017年3月にオープンした。地域有数の旧家の建物だけあって、重厚な造りの門が目を引く。敷地面積は約2千平方メートル。庭には10メートル以上の大木やクリの木が立ち並び、畑でハクサイが大きく育っている。
 施設は黒と白を基調とした内装に整えられ、太い柱や梁(はり)が古民家の雰囲気を残す。アロマの優しい香りが鼻をくすぐり、まるでサロンのようだ。リガレッセにはラテン語の造語で「存在をつなぐ」という意味を込めた。9床のベッドを備え、デイサービスのお年寄りもやって来る。
 リガレッセは介護だけでなく、ここで最期を迎えたい患者も受け入れる。その場合、本人や家族と十分に話し合い、基本的に延命に向けた治療はしない。医療用麻薬で痛みを取り除き、あとは自然に任せる。
 「死ぬって、怖い?」
 「怖いです…」
 「大丈夫、ほんとに痛みもなく、楽に死ねるんやから。怖くないよ」
 大槻さんは看護師だ。公立病院に勤めていた頃、呼吸器や何本もの管につながれ、心臓マッサージを続けられながら逝った患者をたくさん見てきた。
 「今の医療ってさあ、『死なせたら負け』なんよ。だから私も、ずっと死ぬって怖いんやって思ってた」。大槻さんが言った。
 リビングの方を見ると、入所者らがスタッフと折り紙を楽しんでいた。ふと、フロアの端の部屋に慌ただしく出入りするスタッフの姿が気になった。
 引き戸の隙間から、ベッドに女性が横たわっているのが見える。口を開け、頬骨が浮き出た顔をこちらに向けている。肌は少し黒ずんでいるようだ。
 女性の名前は植木則(のり)さんという。78歳で、長く独りで暮らしていた。病院で末期がんと診断され、延命治療を拒否して10日ほど前に入所した。
 最初の訪問から半月後、私たちは植木さんの部屋に入ることを許された。反応はなく、半分目を開けたまま、まばたきをしない。短い面会の後、そっと引き戸が閉められる。
 最期のときが近づいていた。

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