【42】「家に帰りたくない」少女はこぼした 心に秘めたつらい記憶
2019/05/04 05:30
どんな絵を描こうかな
午後8時、児童養護施設の尼崎学園(神戸市北区)。お風呂から上がった少女が、ユニットのリビングで数学の宿題をしていた。図形の面積を求める問題。「これでいいんかな」「なるほど、こうか!」。授業で写したノートを見ながら、楽しげに問題を解いていく。
関連ニュース
人気の尼崎学園連載「木もれ陽のなかで」を一気読み
【41】退所後、事件起こした子も被害者になった子も…
大病の「伊達直人」激励 児童養護施設の子どもら「ゆっくり休んで元気になって」
少女は家では、小学校に通えていなかった。親が育てることができず、高学年で尼学に来た。
「最初はな、数字の『0』も書けへんかってん」。シャープペンシルを握り、ノートに書き始めた。いきおい余って、何度も「9」の形になっていた。
算数を学ぼうにも、数字の書き方が分からない。尼学に来てすぐは、知らないことばかりだった。でも、理解できるようになると楽しくて、夢中で机に向かった。
今では、クラスメートと同じように授業について行ける。得意な国語は10位以内、数学は80点近くとれるようになった。「面白いからいっぱいやったら、できるようになってた」。得意げな顔を見せる。
そんな少女の心が揺さぶられる出来事があった。親の暮らす環境が変わったと、職員から伝えられた。
家に帰るかもしれない-。少女はふとしたとき、こぼすようになった。「帰りたくない」。尼学ではスマホが持てないなど不自由はあるけれど、学校に行ける。きれいな部屋で過ごせて、友達と遊べる。
将来の夢もできた。勉強の楽しさを教えてくれた、小学校の先生だ。
「彼女は今、必死にここでの生活を守ろうとしているんです」。副園長の鈴木まやが言う。少女は少しずつ、職員に過去を打ち明け始めた。心に秘めた、つらい記憶を。
(敬称略、肩書は当時)
記事は岡西篤志、土井秀人、小谷千穂、写真は風斗雅博が担当します。