【15】石橋和訓の肖像画 その二 別々に買い求めた絵は
2020/12/07 13:43
石橋和訓の代表作とされる「美人読詩」(島根県立美術館蔵)
私と肖像画をめぐる不思議な物語の2回目である。
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一昨年夏の軽井沢旅行で、私は親戚のおばさんによく似た女性の肖像画を購入した。描いたのは石橋和訓(かずのり)という画家だった。調べてみると後世の評価はそれほどでもなく、名もほとんど知られていない。西洋の若い女性が読書する姿を描いた「美人読詩」が代表作とされ、出身地の島根県立美術館が所蔵している。
その美術館で2016年、石橋の生誕140年のコレクション展が開催されていたことが分かった。何か情報があるかもしれないと思い、メールで私が購入した肖像画の写真を送ってみた。
動いてみるものである。学芸員から「当館には情報はなく、新発見の絵かもしれません。拝見したい」との返信が届いたのだ。
18年11月末、島根からA学芸員が拙宅にやって来る。寸法を測り、何枚か写真を撮る。「確かに石橋の作品のようです。誰を描いたのか調べてみます」とのことだった。
ここで、私と肖像画をめぐる物語が急展開する。
別の骨董(こっとう)市で「K.ISHIBASHI」のサインが入った別の絵を見つけたのである。今度は、紋付き姿の中年男性の肖像画だった。
制作年の記載はないが、私が買った女性の肖像画と、大きさや額縁などの様式が同じようだ。よく見ると、男性の着物の紋は「丸に違い鷹(たか)の羽」の図柄で、女性の肖像画の紋とは異なっている。売り主に入手先などを尋ねたが、「プライバシーの問題があり、答えられない」と言われた。
迷ったものの、石橋について調べ始めていたこともあって、何かの手掛かりになればと購入を決める。そして、島根のA学芸員に男性の肖像画の入手を報告、写真をメールで送信した。
19年の年明け早々、A学芸員から驚くべき情報がもたらされる。「ネットオークションに、明治時代の夫婦の写真が出ているので、見てほしい」と言うのだ。
パソコンの画面にその画像が現れた瞬間、震えがきた。
間違いない。写真の夫婦はわが家にある2枚の肖像画、つまり「私の親戚のおばさん似の女性」と「紋付き姿の中年男性」だった。
私が別々に買い求めた肖像画のモデルは、なんと一組の夫婦だったのだ!
(骨董愛好家、神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)
【石橋和訓】1876(明治9)~1928(昭和3)年。現在の島根県出雲市の農家に生まれる。日本画を学んだ後、04年、英国の美術学校に入学。帰国後、帝展審査員などを務め、松方正義のほか若槻礼次郎、徳富蘇峰ら著名人の肖像画を多く残した。