海水温上昇 窮地の漁業
淡路南部沖、ノリ養殖の食害深刻化
地球温暖化は、気温だけでなく海水温も上昇させ、生態系に深刻な影響を及ぼしている。漁業の現場は異変に直面し、日本の食文化に欠かせない食材が危機に差しかかっている。
「こんなに食べられたのは初めて。被害がどんどん拡大している」
3月中旬、南あわじ市のノリ養殖業加藤和史さん(42)は、養殖網を狙うクロダイ(チヌ)の食害に頭を抱えていた。今季は沖に張ったノリ網約1200枚の半分以上が被害に遭った。本来なら4月中旬まで収穫できるが、早めに網を引き揚げるという。

規則正しく並ぶノリ網。色落ちと呼ばれるノリの品質低下が問題視されている=2022年12月、明石沖(ドローンで撮影)
ここ数年、クロダイによる食害は播磨灘、大阪湾のノリ養殖漁場全体に及ぶ。神戸・明石や淡路島北部沖では水温が13度を下回る年明けになると被害が落ち着くが、淡路島南部沖の漁場では水温が下がりきらず、漁期じゅうをクロダイが活発に泳ぎ回る。
兵庫県水産技術センター(明石市)は「海の栄養が減り、餌が少なくなっていることも影響しているのでは」と分析する。県外では廃業に追い込まれた漁業者もいるという。
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九州・有明海のノリ養殖の歴史的な不作で、全国一の産地となる可能性がある兵庫県。だが、近年は海の栄養不足による色落ちが問題となる上、温暖化に伴う海水温上昇が収穫や品質に影響を及ぼしつつある。
冬の冷たい海水で生育するノリの養殖は秋の水温低下とともに準備が始まり、育苗は23度台、生産開始は18度台などと適温がある。だが水温が下がらず、各地で生産開始が遅れる傾向にある。同センターは「生産時期が年々ずれ込み、短くなっている」と指摘する。
生産開始が遅れると、最も海に栄養のある時期に生育させられなくなる上、淡路島南部だけでなく、神戸・明石沖でもクロダイの活動時期と一番摘みの時期が重なり、高値で取引される新芽が食べられてしまうこともある。
淡路島はワカメ養殖でも夏の海水温上昇などの影響で、種苗づくりに苦労する。温暖化による海の異変はさまざまな形を取りながら、漁業の未来を脅かしている。(石沢菜々子)
■海に異変、食文化存続の危機
3月中旬、神戸市の垂水漁港。早朝の漁を終えた漁師が水揚げしたのは、タイやメイタガレイだった。

水揚げされたイカナゴのシンコ。漁獲量は低迷しており、運ばれるかごも少ない=3月4日、神戸市垂水区、垂水漁港
「本来なら、今ごろはイカナゴのシンコ(稚魚)漁の最盛期。でも、この風景に慣れてしまった」と、同市内の漁業者でつくる摂津船びき網漁業協議会の前田勝彦会長(57)は話す。
記録的な不漁が続くイカナゴのシンコ漁。2022年の漁獲量(速報値)は半世紀前の1割になった。以前は1カ月ほどだった漁期も、大阪湾は今期、実質4日で打ち切った。前田さんは「もはや、イカナゴの売り上げは当てにできない」とため息をつく。
兵庫県などは不漁の主な要因として、イカナゴの餌となる動物プランクトンの減少や、窒素やリンなど海の栄養塩不足を挙げる。生活排水などの水処理技術が向上し、水質がきれいになりすぎたという。
一方、同様に深刻な不漁が続く太平洋沿岸の仙台湾などでは、主因は水温上昇と考えられている。イカナゴは暑さに弱く、夏は砂地に潜って休眠しているが、近年は水温が下がらず休眠期間が長くなり、体力が落ちて産卵する成魚が減った可能性がある。
日本近海の海面水温は、この100年で1・19度上昇した。瀬戸内海でも水温は1度ほど上がったが、イカナゴの資源量との相関は不明だ。兵庫県水産技術センター(明石市)の反田実・元所長(73)は「水温がさらに上がれば、イカナゴがすめなくなる危険もある」と警鐘を鳴らす。
アナゴ漁も深刻で、兵庫県内の漁獲量は30年前の約7%になった。伊保漁協(高砂市)の高谷繁喜組合長(75)は「取れても、1日にせいぜい2~3匹。その代わり、ハモがよく取れるようになった」と話す。
水温上昇で瀬戸内海に入る稚魚の餌が減った半面、暖水を好むハモに適した環境になった可能性があるという。
温暖化による異変が表面化する一方で、海の中から温暖化を食い止め、豊かな海を取り戻そうという動きも始まっている。県や神戸市が着目するのが、森林と同じように二酸化炭素(CO2)の吸収源として海藻や海草を活用する「ブルーカーボン」だ。
国内では、吸収量を企業などに販売する取引の実証実験が始まった。県内では2022年度、地域でアマモを育てる兵庫運河の取り組みで2・1トン分、同市が整備した神戸空港周辺の浅場の藻場で9・3トン分などが、国土交通省の認可機関で認められた。
県は23年度から、養殖ノリの活用に向けた研究に取り組む。県内のノリ養殖では、約9400トンのCO2吸収が見込まれるという。

引き揚げられた養殖ノリ=2022年1月、神戸・須磨沖
ブルーカーボンに詳しい徳島大環境防災研究センターの中西敬客員教授は「『兵庫のノリは体にも環境にも良い』となって消費者の食べる量が増えれば、将来の養殖量が増えてCO2の吸収量も増える。日常生活で無理なく参加できる持続可能な仕組みが必要だ」と話す。(横田良平、石沢菜々子)
■魚の生息域温暖化で激変、サワラやブリは北上
日本近海で取れる魚が近年、様変わりしている。海水温の上昇や海流など海洋環境の変化に起因するとみられ、農林水産省の調査で2003年と21年の都道府県別漁獲量を比較すると、暖かい水温を好むサワラ類やブリ類の分布域が北上していることがみられた。
サワラ類はこの間、全国の漁獲量が約1・7倍に増加。03年は長崎県や島根県での水揚げが上位だったが、21年には福井県や石川県といった北陸地方と順位が逆転した。漁獲量は長崎県で半減した一方、福井県で約2・7倍になった。
ブリ類は、03年に24位だった北海道がランク1位に。漁獲量も03年の317トンから、21年は1万3971トンと44倍に激増した。全国でも約1・6倍に増加し、岩手県などでの水揚げが増えた半面、島根県や石川県では減少した。
一方、イカナゴやアナゴ類は都道府県別順位に大きな変動はみられなかった。ただ、国内の漁獲量はイカナゴが6万76トンから2492トンに激減、アナゴ類も8683トンから2515トンに減った。同様の現象はサンマやサケなど冷たい水温を好む魚でも顕著にみられ、サンマはこの約20年間で14分の1に、サケは5分の1にそれぞれ減少した。

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共同通信の全国調査では、各都道府県が気候変動によって漁獲量や養殖期間に影響があるとみている水産物は60品目以上に上った。ノリ類は兵庫県など17府県が、水温上昇による養殖開始時期の遅れや魚による食害などのマイナス影響を指摘した。(横田良平)