先生の暴力 傍観の果て(5)「体罰容認」 愛のムチ肯定は「無知」
2020/12/17 10:25
神戸新聞NEXT
「先生のおかげで子どもは育った」。保護者らが口々に男性顧問をかばった。
関連ニュース
部活や体育で生徒13人に体罰「苦痛、卒業後も」 高校の男性教諭を減給 兵庫県教委
城陽小の暴言・体罰問題で提訴 被害男児の父らが会見「後遺症の苦しみ知って」
女児の腕つかみ負傷させる体罰 宝塚の女性教諭を減給 兵庫県教委、3件の処分発表
2019年12月、兵庫県姫路市の工業高校柔道部。大会で成績が振るわず、顧問から叱責(しっせき)された1~2年生10人が集団で家出をした。発見された生徒は体罰を訴え、その後の調査で平手打ちしたり、腹を蹴ったりしていた行為が判明する。
顧問は熱血教師と呼ばれた。不良少年の親たちから「面倒を見てほしい」と請われて引き受け、定時制の全国大会で団体男子を10連覇に導く。くじけそうになる部員にはメールを送った。「おまえを信じてる」。怒鳴られてもくらいつき、伸びた生徒は少なくない。
「全国優勝のために部員を追い込んでしまった」。停職3カ月の懲戒処分を受けて顧問は語ったが、学校の聴取には処分を望む声ばかりではなかった。「(体罰は)自分のためになることなので仕方ない」(部員)、「今の時代でも必要な子がいる」(保護者)
◆
11月、日本スポーツ協会の公認コーチ育成講習会。講師で大阪体育大学の土屋裕睦(ひろのぶ)教授(スポーツ心理)が、「体罰は駄目」と言う受講生に問い掛けた。「でも厳しい練習をしないと強くならないですよね」「言葉より即効性もある」
実は体罰とは無縁の「グッドコーチ」を育成する教育実践者だ。あえて体罰容認派を演じると、うなずく受講者が増えた。
容認か否か-。会場に説得力がある方を選んでもらうと容認が優勢に。体罰を「必要悪」と思い込む指導者の理屈で武装すれば、人々をつい納得させてしまうことの実証だ。
研究を本格化させたのは12年、大阪市立桜宮高校バスケットボール部の部員が顧問に体罰を受けて自殺した事件が契機だった。ある学生は「処分された顧問は悪くない」と言った。中学高校の運動部で活躍してきたエリートでも一定数が「愛のムチ」がなければ今の自分はないと考えていた。
土屋教授はそれをムチでなく「無知」だとする。体罰を「厳しい指導の一つ」と考えるのは誤りだとし、それを「愛情だった」と肯定的に捉えた人が指導者になった時、暴力は再生産されやすいとみる。
◆
桜宮高校の事件を受け、文部科学省は指導者向けのガイドラインをまとめ「独善的に執拗(しつよう)かつ過度に肉体的、精神的負荷を与える」行為などは許されないと明文化した。さらに大阪体育大学はスポーツ庁の委託で指導者のためのカリキュラムを作り、コーチ育成の現場で活用が広がっている。
土屋教授は「体罰は人権を軽視し、主体性を失わせる行為」と断言する。宝塚の事件でも、アイスを隠れて食べた生徒は自身で今後どうするかを考えるべきなのに、顧問はその機会を力で奪い、思い通りに従わせようとしてしまった。
グッドコーチとは…。「罰を与えるよりも、やる気を引き出し、挑戦させ、自分で解決させる。心に火を付けるんです。そこに暴力はいらない」
■バックナンバー
先生の暴力 傍観の果て(4)処分基準見直し 再発防止へ起訴・懲戒の厳罰
先生の暴力 傍観の果て(3)懲戒と体罰 指導と称し危険な絞め技
先生の暴力 傍観の果て(2)ルール 消えた3度の体罰処分歴
先生の暴力 傍観の果て(1)柔道部で傷害発覚 市教委、刑事告発に後ろ向き