故郷失う苦難もう二度と 来日15年のウクライナ民族楽器奏者 生後すぐチェルノブイリ経験

2022/03/02 17:30

ウクライナの民族楽器バンドゥーラを紹介するカテリーナさん=1月12日、神戸市西区伊川谷町有瀬、神戸学院大学有瀬キャンパス

 東欧ウクライナに伝わる民族楽器、バンドゥーラの演奏家カテリーナ・グジーさん(35)=横浜市=は、ウクライナと日本で二つの原発事故を経験した。そして故郷は今、ロシアの侵攻に苦しむ。来日から15年。「日本の人に正確な情報を伝えるのが私の使命」と寝る間もない日々を過ごしている。 関連ニュース ロシア軍侵攻、ウクライナの母は電話で泣き崩れた 怒る男性「お母さんの声を死ぬまで忘れない」 「ウクライナは単なる隣国ではない」侵攻したプーチン大統領の“発言”を、中国・習近平氏はどう考えるか 緊迫度合いは?なぜ争っている? いちからわかるウクライナ情勢 日本の第一人者が解説

 ロシアの侵攻が始まってから、カテリーナさんはウクライナの首都キエフに1人で暮らす母マリヤさん(68)と、1時間ごとに電話やメールで連絡を取りあう。
 マリヤさんはマンションのシェルターに避難するつもりだったが、寒さや狭さのため、今は自室に身を潜めている。ライフラインの停止に備え、食料を買いだめしたり、バケツやペットボトルに水をためたり。恐怖で体が震え、頭痛もするという。
 「ママは『大丈夫、心配しないで』と言うけれど、無理です」と話す。
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 今年1月、神戸市西区の神戸学院大のホールであったコンサート。民族衣装に身を包んだカテリーナさんは、日本の琵琶に似たバンドゥーラで、祖国の民謡や、日本の「翼をください」をよどみない日本語で伸びやかに歌い上げた。
 民族衣装のモデルやボルシチといった伝統料理の紹介など、ウクライナ文化の発信も精力的にこなすが、活動の軸は音楽だ。
 「一人のミュージシャンとしていい音楽を届けたいだけなんです。私の過去で有名になりたいわけじゃない」とカテリーナさんは強調する。「過去」とは、故郷ウクライナと、移住した日本で経験した、2度の原発事故のことだ。
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 1986年3月、旧ソ連領だったウクライナ北部のプリピャチで生まれた。チェルノブイリ原発から約2・5キロ。原発の労働者が暮らす町だった。1カ月後、原発事故が起きる。住民は強制退去させられた。生後間もないカテリーナさん一家も避難し、現在の首都キエフの仮設住宅などで育った。
 原発の敷地内で作業員の服をクリーニングする仕事を続けた父は、後にがんで亡くなった。検査をすると体全体が放射線に被ばくしていたという。カテリーナさんは「放射能がうつる」「夜中は光っている」と差別され、友達もなかなかできなかった。
 転機は6歳のときだ。被災した子どもたちでつくる音楽団「チェルボカリーナ」に入団した。仲間と悩みを語り合い、歌い、踊った。海外公演も重ね、10歳で初来日した。
 言葉は伝わらなくても、歌声に涙してくれる観客の様子や、お土産に折り鶴を持たせてくれる親切さに心を打たれた。日本を訪れるうち「この国なら私を受け入れてくれる」と思った。
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 2007年、19歳で活動拠点を日本に移し、日本人の男性と結婚した。4年後、東日本大震災が発生。1歳半の息子といた東京都内のプールは波打ち、窓ガラスが揺れた。
 福島第1原発から放射性物質が拡散しているという情報を知り、夫の実家がある関西に逃れた。ウクライナの家族から帰国を勧められたが、日本にとどまった。
 「両親が私を放射線から守ってくれたのに、まさか自分も息子を守らなければいけなくなるなんて」とカテリーナさん。福島の人を励まそうと、被災地で演奏会を続けた。
 原発はウクライナでも日本でも稼働し続けている。原発がなければ生活が成り立たないと考えつつも、次世代の未来を考えれば、何らかの手だてが必要だと思う。
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 近づく東日本大震災11年に思いをはせていたとき、ロシアの侵攻が始まった。
 プーチン大統領には「言葉にならないほどの怒り。ウクライナが何世紀もかけて築いた歴史も壊そうとしている。今すぐウクライナから離れて」と求める。
 チェルノブイリ原発も占拠された。「もし、再び爆発すればウクライナだけでなくロシアやベラルーシにも放射線は広がる。自分の国民を殺すことにもなる」と訴える。
 カテリーナさんは今、日本でウクライナ語のニュースの翻訳を担う。「正しい最新の情報を伝えることが私の使命」と考えるからだ。全国から届く応援や心配のメッセージに返事ができていないが、感謝してもしきれないという。
 日本をはじめ、世界中で戦争に反対するデモが起きている。「一人でも多く、少しでも多くの時間をかけて反対の意思表示をすれば、犠牲者を減らせる。ウクライナの人々の力だけでは止められない。みなさんの力を貸してほしい」と呼び掛ける。(小野萌海)

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