「ガチャ」が当たらない-。最高レアが当たる確率は0・1%以下。当たらないに決まっている。でも「自分だけは当たる」と思い込み、やめられない。人はなぜ、こんなにガチャに熱中するのか。ユーザーやゲーム制作会社、依存症の専門家らの話を聞くと、人間の性のようなものが浮かび上がった。
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きっかけはどこにでもあるような理由だった。現実から逃げるようにゲームにのめりこむと、当然学校や勉強はおろそかになった。見かねた家族の気遣いが少年の気持ちを逆なでし、さらにゲームに没頭するという悪循環が生まれた。
浩太の場合、異変は体に表れた。それは「命に関わる」と感じるほどの強烈なものだった。
■深夜の怒号
「殺してやる!」。冬の住宅街に怒号が響いた。
14歳の浩太(仮名)は、近くにあった水筒をつかむと、思い切り父親の一也(42)=仮名=の頭めがけて振り下ろした。「お前を殺して俺も死んでやる」。水筒を振り回す浩太を一也がつかみ、背負い投げのようにして投げ飛ばす。ダイニングテーブルの後ろでおびえる母の和子(仮名)に向かって一也が叫ぶ。「警察を呼べ」
パトカーが到着するまでのわずかな時間。浩太は、父に押さえつけられながら泣き続けた。悔しい。情けない。なんでこんなことに…。
「お父さん、お母さんを困らせたらあかんぞ」。恰幅のいい男性警察官に叱られ、浩太はぽろぽろと涙をこぼしながら頭を下げた。
もともと自己主張をはっきりするタイプだった。遠足で行きたいところがあればクラスの誰より先に発言する。時には冗談を言ってみんなを笑わせる。自分がクラスの盛り上げ役だと信じていた。
周囲の冷ややかな目線に気付いた時はもう遅かった。「自分勝手だ」という評判がクラス中を駆け巡り、悪口が飛び交い、嫌がらせを受けるようになった。
中学に上がって、いじめは一端収まった。でも、一度受けた傷はなかなか癒えなかった。中学1年の3学期ごろから日に日に体が重くなり、遅刻や部活だけの参加を繰り返すうち、外にすら出られなくなった。
「人間関係が嫌になった」「教室に行きたくない」。休む理由を説明するのもおっくうだった。
学校にも塾にも行けない。日中はひたすらゲームに没頭するだけ。
そんな息子の姿に、一也がキレた。「いい加減にしろ」。怒鳴りながら浩太の部屋に押し入り、ベッドに寝そべっていた浩太を引きずり下ろした。浩太の目の色がみるみる変わった。両腕を振り回して暴れる浩太の鬼気迫る顔を一也は今も覚えている。
「本当に何をするか分からなかった」。親子げんかといえども、警察を呼んだ判断に後悔はない。壁には浩太が開けた拳大の穴が生々しく残っている。
■大人は会社を辞められる。子どもは…
事件は、家族の問題を見つめ直す契機になった。
学校に行かせたい両親と、反発する浩太。親子関係は最悪で、家の中にはいつも重い空気が漂っていた。
「本人を追い詰めすぎていた。せめて家の中は心が休める場所にしてやるべきだった」。事件以降、一也は反省を口にするようになった。浩太が抱える問題は一朝一夕で解決しそうにない。長期戦になると覚悟を決めた。
「大人だってブラック企業なら会社に行きたくなくなる。義務教育中の子どもは大人と違って学校をやめられない」。浩太の気持ちにできる限り寄り添おうと誓った。
まず、ゲームに関するルールを変えた。
当初は「学校に行けないならゲーム時間はゼロ」。これを「夜12時でやめる」に緩和した。浩太の自己管理能力に一縷の期待を込めた。
ところが、浩太は自制するどころか、ますますゲームにのめり込んでいく。
そこで今度は制限時間を完全に撤廃。「本人に危機感を持たせるためにも、行き着くところまで行くしかない」。両親は固唾を飲んで浩太の生活の変化を見守った。
これが完全に裏目に出た。
束縛から解き放たれた浩太は、文字通りゲームに溺れた。昼夜逆転の生活に拍車がかかり、1日の始まりは午後2時ごろから。母親が用意した「朝食」を食べ終えると、すぐにゲームを再開する。両親が寝静まるころになると台所に向かい、カップラーメンにお湯を注いで夜食を食べる。眠るのは明け方6時ごろになってから。
「なんでゲームをやめろって言われるのか分からない」
浩太は不満に思う。もともとゲームを買い与えてくれたのも、教えてくれたのも一也なのに、と。
■なぜゲームするのか
プレイしているゲームは、中学1年生のころからほとんど変わらない。ニンテンドースイッチの人気ゲーム「スプラトゥーン2」。父が「一緒にやろう」と買ってきたゲームだ。
プレーヤー同士が互いを標的にインクを撃ち合って勝敗を競うゲームで、全世界で1000万本以上が売れているヒット作。強さのレベルを示す「ウデマエ」により、遊べるフィールドが変わる。
浩太のトータルプレイ時間は3500時間を越え、世界ランキングで29位まで上り詰めたこともある。
ゲーム中は、そばにスマートフォンを置いて、オンラインを通じて知り合った仲間とツイッターでやりとりする。
浩太のフォロワーは400人以上。音声によるボイスチャットもするから手と頭、口はいつも忙しい。一也はもちろん、周囲に浩太と互角に戦える相手はもういない。対戦するのはネットを介して知り合う猛者たちばかりだ。
「強い敵を倒すたび、自分が強くなったと実感できる」
ゲーム時間の記録を見ると2020年4月の1日平均プレイ時間は約11時間。ゲームを触らない日は1日もなかった。14時間50分という記録もある。
どうしてそんなにゲームを続けられるのか。
浩太が屈託なく答える。「下手になるのが嫌。間隔が空くと、一瞬の動きとかタイミングとか感覚がにぶる。ウォーミングアップみたいなものかな」
■「ゲームし過ぎて死ぬ」
違和感は唐突に訪れた。
ゲーム漬けの生活を1年近く続けていた昨年7月ごろ。空が白み始めたのを見て、ふとトイレに立った。頭はのぼせたようにぼうっとしているのに気付いた。目が痛み、吐き気が増す。手や足から冷や汗が止まらない。足元はおぼつかなくなり、体の自由が全くきかない。はうようにしてベッドに倒れ込んだ。
スマホで症状を調べると、ゲーム依存による重症という検索結果にたどり着いた。スクロールした先に「死亡に至る」という文章を見つけ、急に怖くなった。
「このままじゃ俺、本当に死ぬ」
初めて死を意識し、「どん底まで落ちた」と思った。
いや、本当はずっと気付いていた。ネットに没頭してもいいことはないかもしれない。こんな生活をずっと続けていい訳がない。でも、朝起きると無性に頭と体が重い。焦れば焦るほど将来の不安が膨らんでいく。そんな時、いつもゲームが手に取れる場所にあった。「ちょっとだけならいいか」。考えるのが怖くてゲームの世界に逃げ込んだ。
「今度こそ変わりたい」。心からそう思った。
=敬称略=