体の不調と、過度のゲームとの関係を確信した浩太。「立ち直りたい」と決心し、あるキャンプに参加する。一定期間スマホやゲームと距離を置き、リアルの体験を通じて、かつての自分を冷静に振り返る。参加者らに心の内を吐露しながら、自分を取り戻そうとした。だが、一度落ちた「沼」から抜け出すことはそう容易ではない。
■抜け出すきっかけって何?
抜けるような青空に頭がくらくらする。日光が容赦なく目の奥を突き刺す。こんなふうに太陽が出ている時間帯に屋外を歩くのはいつ以来だろう。
夏のある日、14歳の浩太(仮名)は神戸から40分ほど離れた三田市のキャンプ場に立っていた。
ゲーム漬けの毎日から抜け出したい。そんな時に知ったのが兵庫県青少年本部主催のオフラインキャンプだった。ネットやゲーム依存傾向にある子どもらが2泊3日、ネットがつながらない山中で過ごし、自分の生活を見つめ直す。ネットよりも楽しいリアル(現実)を体験し、依存生活から抜け出すというのがキャンプの趣旨だ。
応募したいと伝えると両親は顔を見合わせてうなずいた。
参加者は10人、全員が小中高生だった。子どもらには1人ずつ大学生の担当支援スタッフが付く。浩太の担当は真千子(仮名)という女性。ショートカットの黒髪、丸メガネの大きな瞳が特徴的だった。
「よろしくね」と笑顔を向けられたが、浩太は目を合わせられない。かばんからおもむろにニンテンドースイッチを取り出し、「スプラトゥーン2」を起動させる。浩太が一番得意なゲームだ。
真千子が隣からのぞき込んで声をかける。
「うまいね」
「まあね」
浩太の答えはそっけない。それでも、真千子は「拒否されている訳ではなさそうだ」と感じた。その証拠に浩太が付けたイヤホンは、真千子の方の耳だけ外れていた。カチカチとボタンを押す度、イヤホンがぷらんぷらんと揺れた。
■自信ってどうやって生まれるの?
キャンプ最初の食事は豚汁だった。全員で支度するよう指示されたが、浩太は調理の輪に入らない。何度も「疲れた」と口にし、1人炊事場から離れた場所にしゃがみ込んだ。
しばらくして、真千子がすっと側に座るのを見て、男性がうなづく。キャンプを監修する兵庫県立大准教授の竹内和雄だ。長年、子どもらのネット問題を研究してきた。
「誰も彼のことを批判や否定をしない。それがこのキャンプのルールです。ここに来る子どもらはみんな、ゲームやネットがやめられない自分に絶望し、自信を喪失している。まず自己肯定感を取り戻してもらうことが重要なんです」
子ども同士の会話も自然とゲームやネットの話が中心になる。
「どのぐらいやっているの」「だいたい1000時間ぐらいかな」。女子中学生の1人がスプラトゥーン2の総プレイ時間を話す。すると、後ろから背中を丸めた浩太がぼそっとつぶやく。
「俺は3000時間ぐらい」
周りの子どもらから軽いどよめきが起こり、小学生の男児が目を輝かせる。「すごいねぇ」と憧れの視線で浩太を見つめた。
■リアルって楽しいの?
翌日は川遊び。「ぬれるのは嫌い。水には絶対に入らない」と岸辺にいた浩太に、年下の男児が構わず水鉄砲を向ける。「だから掛けるなって」。逃げ回る浩太を面白がって、子どもらがさらに追いかける。「よし、分かった」と浩太も応酬する。川の中にドボンドボンと勢いよく足を踏み入れ、両手いっぱいの水を掛け返し、年上の貫禄を見せつけた。
ネットやゲームの使用方法について話し合うワークショップでも浩太は積極的に手を挙げる。どうすればゲームをやめられるのか。
「ゲームとは別の習慣を付けるのがいい。昼に1時間ランニングの時間をつくるのはどうか」
「親が時間のルールを決めるより、自分で納得してルールを決めた方が絶対いい」
どれも自分が試して挫折したものばかりだった。しかし、まるで依存から抜け出せた経験者のように、他の参加者に助言した。
一方で、寄り添う真千子には不安な胸の内も打ち明けた。「勉強もできないし、学校も行けていない。俺ってもうだめなのかな」「目標を高く設定しすぎて、達成できないから落ち込んでしまう」
自分を肯定してくれる温かい環境。初めて体感する充実したリアル(現実)。それでも自己否定の波はふとした瞬間に押し寄せてくる。浩太の感情は激しく揺れ動いた。
キャンプの最終日はリアルとネットの目標をそれぞれ発表する。浩太のリアルの目標は「学校に行くこと」。そして、ネットは「1日7・5時間にすること」。
正直、もっと短くしたかったが、「達成できる目標にすることが大事」と竹内にアドバイスされ、この時間に落ち着いた。「全てが楽しかった。来年も参加したい」。満面の笑みを見せて2泊3日のキャンプを終えた。
■脳は快楽を忘れない
依存は脳の病気ともいう。一度、覚えてしまった快楽を脳が忘れられず、再び同じ体験を求める。
ネットやゲーム依存に詳しい「幸地クリニック」(神戸市中央区)の医師、中元康雄は「ゲーム依存は脳が覚えた習慣の病気。一度身についた行動のくせは数カ月という単位では修正できない。一度改善しても、薬物やアルコール依存と同じように何かのきっかけでまた元に戻ることもある。地道に長い時間をかけて治していくしかない」と語る。
浩太も、その沼に陥っていた。キャンプの後、2カ月ぶりに会った浩太は寝癖が付いたまま。対照的に父の一也は絶望的に疲れた表情を見せていた。
「前回のキャンプで少し期待したけれど、この2カ月は谷ばかりでした」
キャンプから数日後にあった学校行事が最初のターニングポイントだった。浩太も「中学最後の思い出になるから」と参加すると話していた。しかし前日夜になって「行きたくない」と言い出し、急きょキャンセルした。
業を煮やした両親は医師と相談し、生活リズムを取り戻すため、1カ月間、病院に入院する計画を立てた。浩太も了承していた。だが、こちらも当日朝になって「体が動かない」とベッドから出ることを拒んだ。
浩太にも言い分はある。「周りの期待に合わせてしまっていた。学校行事も病院も、本当は行きたくなかったのに、流されて行くと言っていた」
一方で、自分の中では、生活を変えられたという手応えがあった。1日のゲーム時間は何度か超過したものの、おおむね7・5時間以内に収められるようになった。前回キャンプで仲間になった友人らの前で交わした約束を守れたと胸を張る。「次は1日6時間以内したい」。高らかに次の目標を掲げるが、まだ一日も学校には行けていないままだ。
「本人は進んでいるつもりかもしれないが、まるで牛歩のよう。もう少しスピードアップしてほしい」
ゲームから離れられる日は来るのか。一也の苦悩はまだ続いている。 =敬称略=