【写真上】WBOアジア・パシフィック・ミドル級タイトルマッチで、パンチを放つ王者の野中(右)=7月23日、エディオンアリーナ大阪
■7月、防衛戦
日本男子ボクシング史上最年長、43歳の現役チャンピオンが尼崎にいる。世界ボクシング機構(WBO)アジア・パシフィック・ミドル級の野中悠樹だ。不惑を超えてなお、リングに立ち続ける源泉はどこにあるのか。その姿を追った。
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薄暗いホールの中央で、四角いリングがまぶしく照らされている。7月23日、大阪市浪速区のエディオンアリーナ大阪。野中(渥美ジム)は2度目の防衛戦に臨んだ。
対戦相手の越川孝紀(一力ジム)はアマ経験が豊富で、プロ転向後は9勝2敗の30歳。当然、素早さやスタミナはチャンピオンを上回るはず。私はリングサイドの記者席で厳しい展開もありうる、と感じていた。
野中の取材を始めたのは今年4月、夏の防衛戦に向けたスパーリングが始まった頃だった。その実戦練習では、若手にロープ際で連打を食らい、反撃は数えるほど。コロナ禍もあって試合から1年以上離れていたとはいえ、首をかしげたくなる内容だった。
野中が19歳で入門した直後から指導し、苦楽を共にしてきた桂伸二トレーナー(49)が苦笑しながら明かす。「43歳、そのまんま」。若い挑戦者とどう戦うのか。疑問を抱えながらの取材が続いた。
しかし、本番のリングに上がった野中は別人だった。
防衛戦は、新型コロナウイルス感染対策のため観客を約500人に制限し、声援は禁じられた。試合は静かに始まった。だが、ラウンドが進むにつれ、リング上で展開される驚きの光景に熱気が高まっていく。
野中は距離を取りながら戦うアウトボクサーらしく、右へ左へ動き回り、不意を突くパンチで挑戦者の前進を止め、連打を繰り出す。コーナーに詰められてもタイミング良くパンチをかいくぐり、するりと脱出する。年齢を感じさせない俊敏さは明らかに、相手を上回っている。
赤コーナーでは桂トレーナーのほか、ジムの後輩がサポートに付いた。かつて〝皆勤〟で応援してくれた父の遺影も見守っている。客席から母や兄、けがで現役を諦めた仲間が熱い視線を送る。
尽きぬ情熱と、さまざまな人たちの思いを背負いながら、野中は戦う。そしてラウンドを終えるたび、笑顔でコーナーに戻ってくる。
43歳のチャンピオンは躍動していた。(一部、敬称略)
【記事・伊丹昭史(44)/写真・風斗雅博(36)】
※神戸新聞に2021年9月29日~11月12日掲載、年齢は当時