【26】「イチキタ」に複雑 夏休みの施設、楽しみもしんどさも
2018/09/23 10:00
両手いっぱいの荷物を下ろす。さぁ、夏休み
7月25日正午すぎ。終業式を終えた小学生が尼崎学園に戻ってきた。神戸市立道場小学校からは歩いて40分。どの顔も真っ黒だ。「ただいまー」。門をくぐった子どもたちの声が、クマゼミの合唱にかき消される。
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少し遅れて低学年の大雅が帰ってきた。両手に荷物を抱え、汗だく。途中で体調を崩した下級生の分も持っている。最後の坂を登り切ると、小さな肩から力が抜けた。
花火大会に夏祭り、ユニットごとの1泊旅行。プールの開放も始まる。廊下の張り紙には楽しい予定が満載だ。副園長の鈴木まやが言う。「イベントはたくさん。でも、子どもたちにはしんどい時間も増えるんです」
親と離れ、偶然一緒に暮らすことになった子たちが、一日中ずっと顔を合わせる。抱える背景はさまざま。夏休みは最もトラブルが増える時期でもある。
ある昼下がり。ユニットに蒼空(そら)の声が響き渡っていた。「うおりゃーっ、ジュシュッ」。大好きな人形を1人で戦わせていた。最年少で甘え上手。気がつけば大人の膝にちょこんと座っている。いつも元気いっぱいだが、この日は一段とはしゃいでいた。「お前、うるさすぎるんじゃっ」「テレビの音聞こえへんやろ」。上級生たちのイライラが爆発した。
「あいつ、あしたからイチキタやねん」。蒼空がユニットを出た後、中学生の太一がつぶやいた。「やっと静かになるわ」。珍しくとげが含まれていた。
イチキタ。施設の子が親元に宿泊する「一時帰宅」の略語だ。数年前から子どもたちが使っている。
ただ、一時帰宅する子はほんの一部。したくてもできない子がいる。予定が突然、キャンセルになる子がいる。親と会ったことがなく、どんなものか分からない子も。イチキタが話に上るたび、子どもたちの心は揺れる。
連日、危険なほどの猛暑が続いた。子どもたちは1日のほとんどをユニット内で過ごす。長い長い、休みが始まった。
(敬称略、子どもは仮名)
記事は岡西篤志、土井秀人、小谷千穂、写真は風斗雅博が担当します。
【児童養護施設】 虐待や経済的困窮、親との死別などが原因で、こども家庭センター(児童相談所)に一時保護された子のうち、家庭に戻れない2~18歳(原則)が入所する施設。2017年4月時点で全国に602施設があり、兵庫県内は32施設。全国の児童相談所が17年度に児童虐待の相談や通告を受けて対応した件数(速報値)は13万3778件で、27年連続で過去最多を更新しており、データ上は、児童養護施設にいる子の約6割が虐待経験があるとされる。里親や里親ファミリーホーム、児童自立支援施設などと合わせ、「社会的養護」と呼ばれる。
【尼崎市尼崎学園】 神戸市北区道場町塩田にある児童養護施設。正式名称は「尼崎市尼崎学園」で、通称「尼学(あまがく)」。尼崎市の外郭団体「尼崎市社会福祉事業団」が運営する。戦時中、関西学院の修養道場に尼崎市内の児童が集団疎開し、戦後、関学が同市に土地と建物を提供。戦災孤児や浮浪児らを受け入れてきた。長年、大集団で生活する「大舎(たいしゃ)制」だったが、4年前、生活の場を6人単位の個室がある空間「ユニット制」に移行。個別ケアの充実に努めている。9月20日現在、2歳から19歳までの計37人が暮らしている。