豊岡演劇祭 観客席からの挑戦「どれだけ多くの劇見られるか」 達人が計画づくり

2022/09/11 14:00

「最多観劇者ムトー」の称号を与えられた武藤保貴さん。当日会場で見かけたらいいことあるかも?=豊岡市内

 兵庫県北部の但馬地域を舞台に、100超の演目が上演される「豊岡演劇祭2022」が15日、開幕する。11日間に全国の約80団体が参加し、アーティストの挑戦の場として演劇界で注目される。そんな中、観客の立場からもある試みに挑む男性がいる。「会期中にどれだけ多くの劇を鑑賞できるのか」。演劇祭は、東京23区の面積を上回る同県豊岡市の各地で開かれ、今年は隣の養父市と香美町も会場に加わる。作品は広大なエリアの30カ所以上で、同時多発的に発表される。綿密な調整とかなりの移動時間が予想される挑戦。ひたすら数を追う変わり者の真意は、いったい何なのか-。(石川 翠) 関連ニュース <豊岡演劇祭2022 前半の見どころ紹介>15~19日 野外公演や路上展示、ふらりと立ち寄れる楽しみ <豊岡演劇祭2022 後半の見どころ紹介>20~25日 公演以外にイベント、ナイトマーケットも 「拾われた男」俳優松尾諭さんの半生がドラマに 母校ロケで兵庫に凱旋「ぐっときた」

 豊岡演劇祭は、世界的に知られる仏・アビニョンのような演劇祭を目指しているが、広大な面積で公共交通機関も少ないエリアでの移動がかねてから大きな課題となってきた。初開催の2020年には、人工知能(AI)が効率的な経路を導き出すオンデマンドバスの運行や、1人乗りの超小型電気自動車「コムス」のレンタルなどが行われたが、今年は「不便を楽しんでもらう」ことに方針を転換した。移動に時間や意識をとられるより、作品が上演される各エリア内をゆったりと観光しながら周遊してもらえるように仕掛けている。
 今回、あえてその方針を無視して移動しまくるのが、豊岡市在住の地域おこし協力隊の武藤保貴さん(28)だ。プログラムが急増して主催者側も把握するのが難しくなってきた全体像をつかんでほしい-と、実行委員会から依頼されたことが始まりだった。
 京都大学を卒業後、大手IT企業の楽天で働いていた武藤さん。新型コロナウイルス禍のタイミングで地方移住を考え始め、教育に携わりたいという夢を持ち、21年に地域おこし協力隊として同市に移住した。現在は、子どもたちに自然体験を通して学びを深める教育事業を担っている。
 「演劇になじみはない」が、依頼を真面目に受け、仕事終わりにコツコツと作業を始めた。演目が重ならないように地図と演劇祭プログラムを照らし合わせながら、計10時間ほどかけて鑑賞スケジュールを組み立てた。
 最終的に53演目を見ることができることが分かり、路上パフォーマンスなど時間が不確定な演目も含めると、70を超えるかもしれないという。「スケジュールは立てられたが、本当に実行しなければならないのだろうか」と、不安を抱えながらも話は進んでいった。
 開幕日の15日は、いきなり午前10時から同市出石町内でワークショップと、一人芝居をはしごして2演目計5時間を鑑賞する。車で約40分かけて同市城崎町へ北上し、城崎国際アートセンターへ。1時間15分のフランス語の演劇を鑑賞した後に、息つく暇なく約30分南下して芸術文化観光専門職大学での若手劇団によるショーケース2演目が午後9時まで。初日からハードだ。
 1日の最大観劇数は、演目自体が増える18日(日曜日)の9本。「平日に分散したかったけど、土日祝日のみの上演プログラムも多く、同じエリアにとどまって、移動時間をなくす」と戦略を解説してくれた。
 最も悩んだのが、日本を代表する舞踏カンパニー「山海塾」の舞台だ。1日しか上演されないため、他の演目との調整が困難となった。実行委員会に相談すると、スタッフの中には「日本ではなかなか見ることができないのに外すなんてあり得ない」との意見もあったが、当初の目的を遂行するために、やむを得ず鑑賞を諦めたという。
 内容よりも数を追うことに一瞬悩んだが、交流サイト(SNS)では「スケジュールを参考にして宿泊場所変えようかな」とのつぶやきもあり、「せっかく遠方から来るなら、できるだけ多く見たいという人も多いはず。地理感のない中で考えるのはかなりじゃまくさいので、手助けになれば」と気を取り直した。
 最終日は鑑賞する演目は4本だが、養父市から豊岡市を通り越して香美町へ北上した後、豊岡市の東端の会場に移動して、再び市街地に戻ってくるという、計3時間半の移動が待っている。長距離の移動と長時間の鑑賞、どちらが大変かはやってみないと分からない。
 最多観劇のミッションに向けて「ランニングをして体力作りをしている」といいつつ、「体力的に乗り越えられても、精神的にもつのか…」。そんな心配を抱える武藤さんに、実行委は移動手段を公共交通機関と徒歩に限定した鑑賞スケジュールの作成を追加で注文してきた。それも発注通りにスケジュールを完成させた武藤さんは「普段は車移動だけど、時刻表を調べまくったら意外と見られることが分かった」と前向きになっていた。真面目に作られたスケジュールは、どちらも演劇祭のウェブサイトで見ることができる。

神戸新聞NEXTへ
神戸新聞NEXTへ