生活のリズムが狂ったのは新型コロナの影響もあった。ネットの世界にのめり込み、「やらなきゃいけないことがある」と分かっていてもやめられない。「やばい」と感じ、ネットから距離を置くオフラインキャンプに参加した博美。リアルな体験を通じて、実感できた「私が求めるもの」とは-
■1日20時間プレイ
気が付くと空は白んでいた。「またやってしまった」。部屋の外を見て、博美(13)=仮名=は激しい自己嫌悪に陥る。動画とゲームをやり続けて、もうすぐ20時間になる。もうやめなきゃ-。焦りとは裏腹に、タブレットに触れる手は次に見る動画を探している。眠気はもうない。空が明るいと、寝る気すらうせてしまう。
新型コロナウイルスによる学校休校で、博美の生活はすっかり狂ってしまった。通っている中学校まではバスで1時間半かかる。自宅近くで顔を合わせられるクラスメートはいないし、共働きの両親は日中、仕事に出る。2階建ての広い家で博美は1人で過ごす。
「ゲームしかすることないじゃん」
怒ったようにタブレットとニンテンドースイッチの電源を入れる。パズドラ、モンスト、白猫、ツイステ…。飽きれば、ユーチューブとTikTok。好きなアーティストの音楽や、興味のあるイラスト作成動画をひたすら眺める。
緊急事態宣言中、1日の平均ゲーム時間は7~8時間、1週間で50時間を越えた。
■落ちる視力と学力
6月に学校が再開した後も、ずれた歯車は戻らなかった。視力は0・6から0・01以下に落ちた。小学校の時は成績も上位だったが、休校期間を挟んで中学校に入学すると、授業の内容がほとんど頭に入ってこない。おまけに深夜まで起きているせいで眠気が取れない。初めての期末テストの結果は散々で、「勉強嫌いやねん」が口癖になった。
母に「怠け癖が付いた」と責められ、博美はますます口をとがらせる。
「ゲームをしないお母さんに私の気持ちは分からない」
博美は生まれた時からネットやスマホが身近にあった「デジタルネーティブ世代」だ。初めてタブレットに触ったのは3歳の時。両親が「文字を書く練習に」と与えてくれた。小学6年生から自分のスマホを持ち、友だちとの会話はラインが大半。スマホやネットのない世界なんて考えられない。
ゲームをするようになったのは父の影響からだった。ファミコン世代の父は、人気ゲーム「フォートナイト」にはまっている。博美も一緒にプレイすることがあり、これまでお小遣いやお年玉で5~6万円程度を課金した。
■もしかしてやばい?
「テレビよりネットやゲームが楽しい」という博美だが、一番好きな時間は別にある。スケッチブックを広げて、好きなアニメやゲームのキャラクターを描く。ペンを握ると目の真剣になり、3時間以上描き続けていることもざらにある。
「本当はゲームやネットをする時間を、絵を描く時間に充てたい。でも近くにスイッチやスマホがあると、すぐに目が移っちゃう」
やらなきゃいけないことがほかにあるのは分かっている。ネットやゲームに依存し過ぎている自覚も危機感もある。でも、やめられない。
「もしかして私、もう結構やばいところまで来てるんちゃう」
どうあがいても自分だけの力では抜け出せそうにない。沼で例えるなら、もう体の7割はどっぷり沈んでしまっている感覚があった。最長で1日20時間、ネットとゲーム漬けだった博美はある日、学校で配布された1枚のチラシに目を止めた。
「人とつながるオフラインキャンプ」。ネットやゲームの利用を見直したいと望む青少年が2泊3日のキャンプを通して、生活を見つめ直す。兵庫県青少年本部が毎年実施している事業だった。「これなら私も抜け出せるかもしれない」。クラスメートに声を掛けて、早々に参加を決めた。
キャンプには博美を含めて10人が参加した。小学6年生から高校2年生までが兵庫県三田市の山奥のキャンプ場で2泊3日を過ごす。スマートフォンやタブレットなどネットにつながる端末は没収されるが、1日1時間だけは使える「スマホ部屋」が設けられる。その間は自由時間。仲間たちと外で遊ぶか、スマホを使うかは子どもたちが選択できるようにしている。博美はゲームやネットにつながる機器自体を家に置いてきた。「スマホから離れたい」という決意は固かった。
キャンプではネットやゲームの使用方法を参加者全員で話し合うワークショップもある。
まず自分の使用時間や状況を書き出してみて、どんな時に使いたくなるかを見つめ直す。そして使用時間を減らしていく方法を考える。いわゆる認知行動療法の手法だ。
「テスト期間中は13時間触っていた」「『あともうちょっとだけ』という甘えが長時間利用につながる」「親に激怒されてスマホを割られた」
ルールは人の意見を否定しないこと。誰もが自分はやり過ぎだと分かっている。楽しいだけじゃない、その後に押し寄せる後悔も知っている。
初めは緊張していた博美もワークショップの途中から積極的に発言するようになる。
「親が注意するのは子どもを思っているからっていうのは分かる。でも、つい反抗したくなる」「やめろと言われても暇になるとまた触っちゃう。無限ループみたい」
話していくうち博美はふと気付いた。緊急事態宣言中、家に1人でいる時間。無音の時間を思い出す。夕方、母親が玄関の扉を開ける音がして、タブレットから顔を上げる。しかし、母はすぐに部屋に戻って慌ただしく仕事の電話をかけている。テレビを付けても、コロナで社会が混乱しているというニュースばかり。殻に閉じこもるように、再び視線をタブレットに戻す。
「本当は私、寂しかった。もっと両親に構ってほしかった。昔みたいに一緒にカードゲームもしたかった」
キャンプの最終日。博美は参加者全員の前で切り出した。「この3日間で私が求めていたものが明確になりました」。涙を何度もぬぐいながら、これからの目標を語る。ネットの目標は「スマホを触る時間を半分に減らす」。リアル生活の目標は「家族との関わりを増やす」。もうゲームやネットに逃げない。正面から両親に私の思いを伝える。
博美は目を真っ赤に晴らしながら、決意を語った。
=敬称略=