2021年5月のゴールデンウィーク。土曜日の夕方にもかかわらず、兵庫県尼崎市の上下水道庁舎の窓には、こうこうと明かりがともっていた。
「通水100周年! この水を次の世代へ!」。未来志向の標語が掲げられた窓の向こうで、兵庫県警による汚職事件の捜査が進んでいた。辺りが闇に包まれた頃、捜索を終えた背広姿の数人が姿を現し、捜査車両で走り去った。
その数日後、県警は公共工事の入札に関する情報を漏らし、その謝礼に金品を受け取ったとして、男性職員の北=仮名(26)=を収賄容疑で逮捕する。順風満帆だった青年の公務員人生が、破綻した瞬間だった。
■職場引っ張る若手
神戸市で育った北は、地元の中学を卒業し、サッカーの名門とされる市内の高校でプレーした。3年時のチームは全国大会も経験した。
高校を卒業後、尼崎市に採用され、水道整備に携わる技術職として経験を積む。この間に結婚し、妻や2人の子と神戸市内で暮らしていた。
家族や周囲の人物評は申し分なかった。父親によると「活発で兄弟の中でも目立つタイプ」。職場の上司も「ばりばりのスポーツマン。若手の中でも率先して職場を引っ張ってくれていた」と話す。
入庁6年目、北の仕事は市が発注する水道関連工事の施工監督だった。工事を滞りなく進めるため、現場で業者と良好な関係を築くのも職員の仕事だ。そこで知り合ったのが、下請け業者「山下組」の社長山下=仮名(51)=と部下の女性社員、南川=同(46)=だった。
■癒着の始まりは飲み会
「飲みに行きませんか」。ある時、北は南川から声を掛けられた。完了した工事の打ち上げをやろうというのだ。
南川は現場で北を見かけると、頻繁に話し掛けてくれる感じのいい女性だった。「酒を飲むくらいやったら大丈夫やろう」。自分にそう言い聞かせ、自宅近くの海鮮居酒屋で待ち合わせの約束をした。
まだ肌寒い早春の夜。薄暗い個室に入ると、既に南川と山下が着席していた。
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